【B】星のない夜 ~戻らない恋~



「的塲第一、そう言ったか?」

「あぁ。

 もっと咲空良ちゃんのかかりつけの病院に搬送したかったが、
 個人の産科医院では、今回の手術に対応出来ないと言われて
 受け入れて貰える病院をさがしたら、その病院になったんだ」



睦樹の言葉から、その時の状況が目に見えるように想像できる。



「睦樹……葵桜秋も、今同じ病院にいる。
 的塲は、俺の養母の実家が経営している病院だよ。

 咲空良のお腹の子が、決して俺の子供だと気付かれるなよ」



何か良からぬことが起こってしまいそうな不吉感を感じながら
睦樹との電話を終えて、的塲へと向かった。




的塲に到着して真っ先に向かったのは、
戸籍上の妻である、咲空良として生活を送る妹・葵桜秋の元。




破水してタクシーで病院に駆け込んだものの、
陣痛は殆ど起らず、子宮もまだ開いていない状態だった。


明日まで様子を見て陣痛が来ないようだったら、
誘発剤を使用して陣痛を促す処置を行うと担当医は告げた。




そんな状況に、一度は駆けつけた養母は家へと戻り父も会社へと戻った。





「怜皇、もうすぐ私……貴方の子供を産むわ。
 だから……私から離れないで。

 貴方が咲空良と会えば会うほど、
 私はあの子に何をしでかすか、わからないわよ」




そう言ってベッドに安静しながら、恐ろしいことを口走る。



「葵桜秋、お前……自分がしたことがわかってるのか?」

「えぇ、知ってるわ」
 
「君は……咲空良を手にかけようとした。
 殺人未遂だ」

「違うわ。

 邪魔者を排除しようとしただけよ。
 この子の将来を危ぶむ不穏分子を取り除きたかっただけよ。

 それに瑠璃垣の次期後継者の母親が、罪人になるなんてことはないわ。
 瑠璃垣の名に傷がつくもの」



そう言って開き直るように病室で笑う彼女。



怒りに震える手で、彼女を殴ろうとした時
俺は慌てて中の様子を見に来た病院の看護師たちによってその手を止められた。




「瑠璃垣様、奥さまは出産を控えてナーバスになっておられます。
 ストレスは胎児にも悪影響を与えます。

 落ち着かれるまで病室の外へ。

 次に病室に入られるときは、ナースステーションで声をかけてください。
 このようなことは、困りますよ」




そう言って一方的に廊下へと放り出された。
そのまま院内のソファに座って自販機で珈琲を購入して一服する。




翌朝、葵桜秋は陣痛誘発剤を使用して出産に望んだ。

一月二十九日 夜、21時頃に生まれてきた小さな子供。
その子供は、一族の後継者である瑠璃垣伊吹の名を授けられた。


その日、葵桜秋が寝入ったのを確認して俺は、
咲空良の元へと足を運ぶ。




彼女は今も目覚めることはなかった。



母子ともに危険な状態だった彼女は、
少し早めに、お腹の子を帝王切開で出産することとなった。


彼女の子供が誕生したのは、一月二十七日の午前10時頃。
そのまま彼女は、生まれた子供を手にすることなく手術。


手術は成功した物の出血量が酷く、階段から落ちた衝撃で
脳内にも出血が見られたため、今も意識は回復していない。




親友の奥さんと、親友の子供。




そんなスタイルを通す俺が咲空良が闘病を続ける
集中治療室に簡単に入れるはずもなく、
ただ睦樹の傍で祈り続けることしか出来なかった。
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