【B】星のない夜 ~戻らない恋~
『薬、入れますねー』
そんな声が聞こえて、暫く震え続けていた体は和らぎ
私の意識はまた遠ざかって行った。
次に目が覚めた時……誰かが私の手を握る温もりを感じた。
手を握ったまま私の眠るベッドにもたれ掛るように
うつ伏せになっている人。
痛みが強くなるなか、
必死に腕を伸ばしてその髪に触れる。
その感触に、ビクっと体を動いて
ゆっくりと体を起こすのは睦樹さん。
「睦樹……さん……」
彼は何度も何度も私の髪を撫でながら、
ゆっくりと微笑みかける。
そのまま部屋の中に視線を移す。
「咲空良ちゃん、 怜皇探してるの?」
誰もが葵桜秋と私を呼ぶ中、
睦樹さんだけは今も咲空良と本当の名前で話しかけてくれる。
そんな声に、ほっとする私。
睦樹さんの問いかけにゆっくりと頷く。
「怜皇はね……病院内にはいるよ。
今は席を外してる」
睦樹さんの声に力が抜ける気がした。
気になるのは……お腹の子。
体を起こすことが出来ないけど、
鈍痛を放つその場所に、私の子供はもういない気がして。
「赤ちゃんは?」
絞り出すように声に出せた言葉。
葵桜秋に首を絞められて、
葵桜秋に階段を突き落とされた私。
それを思い出すだけで、
今も体が震えてしまう。
「咲空良ちゃん。
苦しい?痛い?
今、ブザー鳴らすから」
少しでも葵桜秋のことを考えるだけで、
乱れる呼吸と震える体は自分自身では制御できなくて。
そのまま駆け込んできたお医者様によって
私の意識は、また遠ざかった。
夢で見るのは、まだ見ぬ小さな子供の背中が、
遠ざかっていく映像。
魘されるように、目が覚める私。
目が覚める度に、
繋がっている温もりに安堵する。
睦樹さん……、
まだ居てくれたんだ。
そう思っていた私に、
ガチャリとドアの音が聞こえて、
照明が付く。