【B】星のない夜 ~戻らない恋~
「魘されていたな」
そう言いながら、
近づいてくるのは怜皇さん。
灯りのついた部屋に反応して、
睦樹さんはまたうつ伏せになって
体を預けていたベッドから体を起こした。
「怜皇……、咲空良さん」
睦樹さんは
怜皇さんをしっかりと見つめる。
「葵桜秋の子供が生まれた」
告げられたその言葉に、
私は視線を向けて、窓側に顔を向ける。
貴方の口から、
葵桜秋の名前なんて聞きたくなかった。
怜皇さんの言葉は、そのまま続く。
「そして君の赤ちゃんの事だ」
「怜皇?
まだ咲空良ちゃんに伝えるのは早いよ」
睦樹さんのその声に委縮する体。
私の……赤ちゃん?
「睦樹、君が心配するのはわかる。
だが俺は俺がするべきことを伝えなければならない」
そのまま続けられた言葉。
葵桜秋によって、実家の階段から突き落とされた私は
そのまま救急車で緊急搬送。
腰を強打して内臓も損傷し、階段から落ちて頭を打ったために脳内出血。
母子ともに本当に危険な状態だった。
母体の手術の為に赤ちゃんを帝王切開で取り出したらしい。
生まれた子供は1000gに満たない
超低体重出生児。
そのままその子は、NICUと呼ばれる新生児集中治療室で
沢山の機械をつけられて今も必死に生きている。
ただし、場合によっては
ハンデが残るかも知れないとのこと。
言葉を失うように俯いた私に、
後ろから肩に手を添える睦樹さん。
「ここ暫く、俺自身がいっぱいいっぱいだった。
君と最初に出会ったのは俺がまだ幼等部だった頃。
寮から帰ってこれた夏休み、軽井沢の避暑地で君に出会った。
その会場で俺は君が婚約者になる存在だと知った。
次に再会したのは高等部のダンスパーティ。
ようやく再開できたと思えた君。
嬉しかったよ。
その後も何度も、出会った。
出会った数だけお互いの距離が縮められたと思っていた。
そんな君が大学を卒業して本格的に動き出した許婚問題。
ようやく再会した君は俺を覚えてなくて苛立って感情が制御できなくなった。
後は君の知る通り。
君たちは入れ替わり、俺も君を裏切った。
俺が愛した人はどちらだったのか」
怜皇さんはそこまで話して、
言葉を呑み込むように黙ってしまった。
私と葵桜秋の二人の入れ替わりゲーム。
怜皇さんもその犠牲になった一人。
「……怜皇さん……」
「俺の真実はもうどうだっていい。
俺は俺がなすべきことを
きっちりとするだけだ。
俺の妻は、瑠璃垣咲空良。
今、咲空良を名乗るのが 葵桜秋なのだとしたら
この先の未来、俺は全力で葵桜秋を支える。
君を階段から突き落とすまで、精神的に追い詰めてしまったのは、
紛れもなく俺自身が原因だから。
だが……君が産んでくれた子供もまた俺の子供であることは真実だ。
だからこそ、その責任も取りたい。
だけど……その子の父親になることは、睦樹に寄って阻止された。
君はもう、廣瀬睦樹の奥さんと言う存在で、生まれたその子は二人の間に誕生した子供として
届け出が提出されることになってる。
そのうえで……保育器から退院するまでの間の、
二人の子供の治療費を俺に払わせ欲しい」
告げられた言葉はあまりにも残酷すぎて。