【B】星のない夜 ~戻らない恋~

13.消えた子供 -咲空良-


尊夜の出産直後は、私自身も動けない日が続いた。

あちこちから手術後の痛みを感じながら、
看護師さんに介助して貰って搾乳。


私自身の治療に必要な薬も、
母乳で育てるのに影響がないような薬を主に使って貰ってる。

ベッドから動けない日々も、こうして搾乳して貰った母乳を
尊夜が飲んで元気になってくれてるなら……
それだけで自分自身の体調も回復してくれるような気がしてた。


入院から2週間ほどが過ぎて後は自宅療養と通院を告げられて、
私は一足先に廣瀬家へと帰宅した。

ずっと逢えなかった紀天はギュっと抱きついてはなれなくて、
何故か、少し甘えっ子に逆戻りしていたみたいだっだ。


通院、診察、母乳を届けて、帰宅。


そんな生活の中、NICEに顔を出すたびに

『廣瀬さん、今日は尊夜君4g大きくなりましたよ』
『今朝はお母さんの母乳を沢山飲んで足りなかったみたいでおかわりおねだりしてました』
『15g増えました。順調ですねー。
 もう少しで1000gの壁を越えそうですよー』


そんなふうに尊夜を診てくれてる看護師さんや主治医の先生から、
大きくなっていく我が子のことを順番に耳にしていく。



保育器の中に手を入れて尊夜に触れながら言葉をかける。



「尊夜、早く元気になってお家に帰ろうね。
 尊夜には、紀天って言うお兄ちゃんがいるのよ。

 お兄ちゃんはまだ小さくて、尊夜のいるこの部屋に会いに来れないから
 早く元気になって尊夜がお兄ちゃんに会いに行こうね」


話かけると尊夜はにっこりと微笑む。


「あらっ、尊夜君笑ってますね。
 早くお兄ちゃんに会いたいから頑張るよねー、尊夜君。

 今から尊夜君の沐浴なんですが、一緒にどうですか?」


そう言うと看護師さんは尊夜を抱き上げてベビーバスの方へと移動していく。


ベビーバスの中で気持ちよさそうに笑う尊夜。
伸びをするように手足を動かして満足そうに笑う。


「さっ、ここからはお母さんに」


そう言って看護師さんに教えられるままに、生まれて初めての尊夜の沐浴に挑戦する。

最初は慣れない私に怖かったのか、泣き始めた尊夜も少しずつ
私の中に余裕が出てきたのもあって笑顔を見せ始めた。



「良かったねー、尊夜君。
 お母さんにお風呂入れて貰えたねー。さっ、温かくしてベッドに行こうねー」




これが……私が尊夜に触れた最期の日になるなんて、
この時の私は思いもしなかった。




数日後、いつものように紀天を連れて病院へと向かい、
紀天を託児所に預けて、自分自身の外来の診察。

そして診察の後、母乳を持ってNICEを訪ねるとそこではいつも以上に
騒々しくスタッフたちが走り回っていた。




「あのぉー、廣瀬です。
 尊夜の母乳を持ってきました」


そう言って近くを通りかかった看護師さんに声をかける。



「あっ、廣瀬さん……。
 主任、廣瀬さんがお見えになりました」


奥のスタッフへと母乳を受け取った看護師は声をかける。

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