【B】星のない夜 ~戻らない恋~
20.二人の子供 一族の決定 -葵桜秋-
伊吹が生まれて、もうすぐ一年。
双子の弟として戸籍には記載されている、
志穏は怜皇さまが何処かで育てているみたいで
時折しか邸には帰ってこなかった。
怜皇さまは、相変わらず仕事に忙しそうで
屋敷と会社、そして出張へと駆けつづける。
「今日は志穏を連れて帰宅する。
そのつもりで」
怜皇さまからの連絡で告げられた、
姉の子供が帰ってくる日。
「伊吹、ほらっこうして」
ハイハイを少しだけして、疲れたように倒れ込んでしまう
息子の脇下に手を差し入れて、立たせるように介助する。
「ゆっくりでいいの。
ゆっくりでいいから、ママに立っているところを見せてちょうだい」
祈るような気持ちで、ゆっくりと伊吹をみながら伝えるものの
伊吹はただ、じーっと見つめるだけ。
伊吹には私の声は届いていない。
だけど私は……普通の、何の障害もない子供に接するように
コミュニケーションを取りたいと望んでしまう。
無理やり立たしていた伊吹の体も、少し脇下で支える手を下げると
伊吹はストンと床へと体が引き寄せられてしまう。
慌てて支えながら、床に伊吹の手が辿り着くまで支える。
「伊吹坊ちゃまにお飲み物をお持ちしました。
奥様もどうぞ少しお茶の時間を……」
木下が近づいてきてテーブルへとティーセットを置く。
「伊吹の飲み物を」
一声かけて、野菜ジュースの入ったコップを手に取ると
そのままストローを使って、伊吹へと飲ませていく。
少しずつ伊吹の吸引によって、中身が減っていくジュース。
だけどこうやって、ストローを使って飲めるようになるのも
あの子よりも時間がかかった。
……そう……何もかも。
姉の子供が一緒に居ると、私は伊吹を伊吹だけのペースで
子育て出来てない。
人、それぞれに成長のペースがあるって
病院の先生にも説明されたけど……周囲の言葉にも流されてしまう。
「奥さまカップを。
坊ちゃまは飲み終えてらっしゃいます。
それに何時までも、坊ちゃまが一人のカップを支えて飲もうとするのを
妨げてはいけませんよ。
伊吹坊ちゃまも、随分いろいろなことがお出来になります」
木下はそう言って、今、伊吹が出来ることを受け止めてくれるけど
使用人たちもお義母さまも志穏に出来て伊吹に出来ないことを大きく取り上げてることは知ってる。
もっと心穏やかに過ごすことが出来れば……伊吹にも優しく苛立つこともないはずなのに。
夜になると怜皇さまが志穏を抱いて、屋敷へと帰ってきた。