【B】星のない夜 ~戻らない恋~
「伊吹、いらっしゃい。
ママと一緒にお休みしましょう?」
そのまま同じ空間にいることに耐えられなくなって、
歩行器に座っている伊吹を抱き上げて、
私はリビングを出ようと歩き出す。
「どうしてそうなる?
伊吹も志穏も平等に接するべきだと、
さっきも言ったただろう?」
「何度も聞いたわ。
だけど貴方も瑠璃垣の家のものも使用人たちも
ずっと伊吹と志穏を差別してるわ。
皆、伊吹を差し置いて志穏ばかり。
昔からいつもそう。
だから私だけは、伊吹に一番愛情を注ぎたいのよ。
志穏を可愛がれって言うなら、貴方の愛情をもっと
伊吹にも向けて欲しいわ」
半ば、八つ当たり気味に声を荒げる私に、
伊吹と志穏は二人して泣き始めてしまった。
そのまま私は、腕に抱きしめたままの伊吹をあやしながら
リビングを振り返ることなく後にする。
背後で、怜皇さまがやっぱり志穏をあやす声が聞こえてた。
「伊吹……大丈夫よ。
貴方にはママがついてるわ。
世界中の誰よりも、貴方のことを愛してるママが……。
貴方は瑠璃垣の後継者となるために生まれてきて、
その名を継いだわ。
だから……こんなところで立ち止まってはダメよ」
何度も何度も、自分自身にも言い聞かせるように
同じ言葉を紡ぎ続ける。
階段を登って、私の部屋に辿り着いた後も
私は何かに憑りつかれたように、同じ言葉を伊吹に繰り返してた。
そんな私の元に一週間後、恐れていた一報が入る。
それはその日の昼下がり。
伊吹がお昼寝をしていた時間。
珍しく屋敷に訪れた来客、怜皇さまのお義母さま。
この人が屋敷に来て良かったことなんて一度もない。
木下が部屋に電話を寄越したと同時に、
気合を入れて、階下へと向かう。
「こんにちは。
伊吹のお昼寝の時間で、部屋に戻っておりました。
ご無沙汰しています。お義母さま。
本日はどのようなご用件で?」
向き合うように、義母の対面のソファーへと腰を下ろす。
「咲空良さん。
今日は大切な話があって参りました。
瑠璃の封印が、来月にもまたかけられることでしょう」
瑠璃の封印?
かけられる?
そう言った義母の回りくどい話し方に、
イライラが止まらなくなる。
「瑠璃の封印?」