【B】星のない夜 ~戻らない恋~


「木下、彼女は?」

「はい、咲空良様は志穏様と、お部屋に籠られたまま
 一歩も外にはお出になられません。

 お食事も、部屋までお二人分運ばせて頂いておりますが
 このままでは志穏様が心配でございます」



そう告げる知可子。




普段から、咲空良にも葵桜秋にも厳しい知可子。
だけどその知可子の厳しさが、優しさと紙一重なのは俺自身が一番良く知ってる。



俺もその優しさと厳しさによって育てられてきたから。


義母の愛情を得ることが出来ず、
実母を真実を知るまで、憎み続けていた俺には
知可子の優しさが温かったのも確かなんだ。




だからこそ、この屋敷にいる間は志穏のことも、
伊吹のことも、知可子には一任できると思ってた。


だけどそのシナリオも、俺が描き続けていたものとは
かけ離れすぎてしまった。




「知可子、伊吹を頼む。
 少し彼女の様子を見てくる」

「かしこまりました」



一礼した知可子は、早々に伊吹を名乗るようになった志穏を
『伊吹様』と何度も口にしながら相手をしていく。


そんな二人を見届けて、俺は彼女の部屋へと向かった。




ドアをノックするものの、部屋の中から彼女の声はない。

ふいに、中から志穏となった伊吹の声が聞こえる。


慌てて中へと入ると、彼女はまだ小さい子供の上に馬乗りになるように
体を押さえつけている。


慌てて、志穏の体から彼女を引き離す。



「葵桜秋っ!!
 君は何をしようとしていたのか、わかってるのか」


二人しかいないのをいいことに、
彼女の本当の名前である、禁断の名を口走る。




彼女は崩れ落ちるように、
その場へとストンと体を落として、
俺の方へと倒れ込んで泣き始めた。



そのまま黙って彼女を抱きしめると、
俺は志穏も抱き寄せて、三人でゆっくりと抱きしめあう。





「どうして……この子ばかり……。

 私の罰なの?
 神様が私を罰するかわりに、
 この子に試練を与えてるの?

 まだこんなにも小さいのに……」




彼女は肩を震わせながら、小さく途切れるように呟いた後
何度も何度も『ごめんなさい』と言葉を繰り返した。





ずっと強いと思ってた葵桜秋。

出逢った時から、その力強さに惹かれた女性。
だけど本当の彼女は、俺が見てきた全てと何もかもが違っていた。




「君のことも、志穏も伊吹もちゃんと俺が守ってくよ。
 だから、もう責めなくていい。

 一族の決定で、志穏が伊吹となってその名を継ぐことになった。
 だけど……その理由が、伊吹の聴覚障害と言うのは理由が気に入らない。

 俺たちは今から覚えることがおおいよ。

 志穏として生きることになる伊吹。
 まずは伊吹が人とコミュニケーションをとりやすい環境を作らないといけないな」


そう言って話を切り出しながら、
聾学校で先生をしていたことのある人材の情報を
彼女へと伝える。



この屋敷で今後、住み込みで働きながら志穏となった伊吹の導き手になって貰えるように
探し出してきた存在。


そしてその人の存在は、俺や彼女にとっても、コミュニケーションをとるための手話を指導する
師となる存在。


俺たちだけじゃない。


この屋敷に存在する全ての人に、手話を学習して貰って
志穏が不自由のない生活を送れるように環境を作っていきたい。



俺が思い続けてきたことを、言葉にしてはっきりと
彼女へと伝える。




思い続けていても、言葉にしないと実際には伝わらない。

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