【B】星のない夜 ~戻らない恋~
「ご紹介が遅れました。
私は木下知可子<きのした ちかこ>。
怜皇坊ちゃんが誕生あそばされた頃より、
お世話させて頂いています。
咲空良さまのことは奥さまより仰せつかっております。
慣れぬ生活とは存じますが少しずつ慣れて頂いて、
坊ちゃんとお幸せな時間を築き上げて頂ければと思っています」
そう言うと、木下さんはお辞儀をして少し席を外す。
一度退室してドアが閉じた途端、緊張が一気に溶けていく。
ゆっくりと応接室の部屋の中をプラプラと歩いてみる。
部屋の中を散策していた私はガチャリとドアが開く音に、
再び意識を緊張させて振り向く。
「すいません」
やっぱり出てしまうのは、謝罪の言葉。
「咲空良さま、上に立つ方は軽々しく謝罪をなさってはいけませんよ。
軽々しく謝罪をするよりは、ご自身の言葉と行動が持つ意味を
深く考えて頂けますようにお願いいたします」
知可子さんは、子供に教えるようにゆっくりと丁寧に、
この家の者としての心構えを伝えてくれる。
知可子さんの元へとゆっくりと歩いて戻ると、
知可子さんの後ろ、同じようにメイド服を着た
若い女の子が姿を見せる。
「こちらは、私の娘で花楓<かえで>と申します。
本日より、咲空良さま付とさせて頂きます。
身の回りのお世話など、何か御座いましたら
花楓に遠慮なくお申し付けください」
知可子さんより紹介された途端、
花楓と呼ばれた若い女の子はゆっくりと頭を下げた。
「初めまして。
貴女が、瑠璃の君の婚約者の方なのね」
親しげに話してくる花楓さんの口調も
テンションも高い。
年が同じような世代なのだろうか?
「えぇ。
都城咲空良<みやしろ さくら>と申します」
「そう。貴女が都城さん……瑠璃の君の……」
意味深に呟いたその言葉を慌てて止めるように
知可子さんが、花楓さんを窘めて、頭<こうべ>を垂れさせた。
「花楓。
咲空良さまに、何て口の聞き方ですか?
身の程をわきまえて、謝罪なさい。
大変申し訳ありませんでした」
そう言って深々とお辞儀をした知可子さんに続いて、
花楓さんも同じように言葉を続けた。
「花楓、咲空良さまをお部屋に案内してください」
知可子さんにそう言われると、花楓さんはゆっくりとお辞儀をして
私を部屋へと連れて行ってくれた。
応接室を出てホールから両側に伸びる階段の右側を登っていく。
三階の奥の一室に辿りついたとき、
ゆっくりとその場に立ち止まって、ドアを開けた。
「こちらが咲空良様のお部屋になります。
咲空良様の身の回りのものは瑠璃の君の指示通り、
お支度を整えています。
こちらのパソコンはどうぞご自由にお使いくださいませ」
私の部屋だと案内された空間には、
本棚やソファー、鏡台にテーブルなどが置かれていた。
その先に続く、奥の扉。