【B】星のない夜 ~戻らない恋~
「お帰りなさいませ」
一斉に使用人たちがお辞儀と同時に声をかける。
そんな声を受けながら、ドアマンに寄って開けられた玄関から
自宅の中へと足を進める。
俺の後ろを当然のように、ついて歩くのは秘書の藤堂。
「お帰りなさいませ。怜皇坊ちゃま。
お食事の支度が整っております」
メイド頭の木下が、藤堂が持つ俺の荷物を手にして、
声をかけてくる。
「それでは怜皇様、明日は8時にお迎えに上がります」
そのタイミングで、明日の迎え時間を告げて
藤堂は一礼して、外へと出て行った。
婚約者はと言うと、話かけるでもなく
ただ俺たちの後を、ついて歩くだけど無言のまま食堂へと移動して
シェフが支度したディナーを黙々と食していく。
会話一つないまま二階の自室へとあがって
着替えを済ませると、居心地の悪さを感じながら溜息を一つ吐き出した。
寝室であるベッドは、隣のキングサイズのベッドのみ。
そしてその寝室には、婚約者である彼女の自室と、俺の自室、二か所から入室できるように
ドアが設けられている。
悶々とする答えは、やはり今も見いだせないまま夜は訪れる。
PCを触って、明日の仕事の準備をしながら過ごしていると
ふと、彼女の部屋から寝室に続くドアが開いた音が聞こえた。
その直後、震えだす携帯電話。
液晶に映し出された名前は、会長である祖父。
「もしもし」
「おぉ、怜皇か……。
ようやくお前が自宅に帰れたと聞いて、儂も安堵している。
亡き親友の孫娘のこと、くれぐれも頼むぞ。
幸せにしてやってくれ」
「……はい……心に留め置きます」
電話を終えた後、覚悟を決めたようにPCの電源を落とし
そのまま隣の寝室に続くドアノブに手をかけた。
彼女は先に布団の中に入っていたようで、
俺の登場に少し体をびくつかせた。
「咲空良さん、改めまして瑠璃垣怜皇です。
早々にお呼びだてしてすいません」
眠りにつく彼女に、手を差し出しながら
精一杯の笑顔を作って自己紹介を告げる。
何も出逢っている手前、初めましてとは
あえて言葉にしない。
俺と君は、初めてではないのだから。
最初のカケ。
「初めまして。
都城咲空良です。
卒業式の日、睦樹さんと一緒にフローシアにいらっしゃいましたね?
お会いしてびっくりしました」