【B】星のない夜 ~戻らない恋~

11.上司と部下 -葵桜秋 -


五月、入社から一か月が過ぎた。


同じ部署に配属されたと喜んだのも束の間、
どれだけ同じ部署だろうと怜皇さまの姿は、
そう簡単に見られるものではない現実にガックリと肩を落としながらの勤務時間。



それでもようやく勝手がわかってきたのも事実で、
仕事も効率よくこなしていく技量が身についてきた。



そしてこの一か月、双子の姉、咲空良からの連絡は
一度たりともなかった。




朝、何時ものように起きてメイクを済ませる。



先輩社員について、営業について出るようになったのもあって
メイクのやり方も、ただの自己満足メイクっと言うわけではなくて
営業をする者としての、嫌みのない好印象を持ってもらえる
そんなメイクの色使いを心がけるようになった。


出勤準備を整えて、リビングに顔を出す。



「あら、おはよう。葵桜秋」



そう言って、母が出してくれたのは
私の愛飲グリーンスムージー。

野菜とフルーツたっぷりの新鮮スムージーを

受け取ると、ゆっくりとテーブルについた。


テーブルの前にはサラダやロールパン、クロワッサンなどが
並べられて、父が朝のひと時を新聞をめくりながら過ごしていた。




「おはよう、お父さん、お母さん」



TVをつけて、朝の番組を聞き流しながら
スムージーを飲む私に「葵桜秋、仕事は慣れたか?」っと
新聞を閉じた父が静かに声を発した。





だけど長く家族を続けている私は、
その言葉が私に純粋に向けられているものではないことを知ってる。


その言葉が意味する真のモノは咲空良を心配してるってことなんて
気が付いてる。


その言葉が私に向けられてるわけじゃないってこと。


お父さんが気にかけてるのは咲空良であって、
私はどうでもいいってことくらい知ってる。



「葵桜秋、確か貴女の部署の上司なのよね。
 怜皇さん……。

 あちらさんに行ったきり、
 咲空良から一度も連絡がないの。

 こちらから瑠璃垣のお屋敷に連絡はするものの
 『咲空良さまは、経済学の講義中です』っとか言われて
 取り次いで貰えない。

 咲空良からの電話はかかってこない。
 葵桜秋は、怜皇さんと話す機会はないの?」



やんわりとした口調で告げる母の言葉が私の感情を
逆なでする。


人の気持ちも知らないで……。
叫びたくなる言葉を必死に呑み込む。




「同じ部署でも会えるとは限らないわよ。

 それに私は、瑠璃垣では都城葵桜秋じゃないわ。
 近衛葵桜秋【このえ きせき】よ。

 咲空良のフィアンセって言う身分とは違って
 私は瑠璃垣の女性社員の一人にすぎないの。

 入社してそこそこの私がどうやって経営陣に連なる怜皇さまに近づけるって言うのよ」



グリーンスムージーを一気に飲み干して、
座席を早々と立つ。



グラスを流しへと置いて手早く洗う私の背に無神経な言葉が続いた。


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