【B】星のない夜 ~戻らない恋~


「好きにしろ。
 知可子、咲空良の望むようにハイヤーを手配しろ。
 
 東堂、今日のスケジュールを」



彼は知可子さんに指示だけ出すと、
秘書の東堂さんと体を寄り添わせるように近づいて
迎えの車へと乗り込む。


一度も後ろを振り向くことなく、
優しい言葉の一つすらなく。



怜皇さんを乗せた車が静かに動いて、
使用人たちが慌ただしく持ち場へと帰る中、
私は玄関から慌てて自分の部屋へと駆け戻った。





どうして私だけ?


こんなにも
苦しまなくてはいけないの?






この家に来て、
どれだけ涙を流せばいいんだろう?




例え望まない結婚でも、こんな仕打ちをするくらいなら、
最初から堂々と断ってくれた方がどれだけ良かったかもしれない。




一通り、枕に顔を埋めて泣きつくした後は、
洗面所の前に立って、腫れた目を少し冷やした。




コンコン。


ノック音が聞こえた後、
知可子さんが姿を見せた。




「咲空良さま。

 怜皇坊ちゃんのご指示通りハイヤーを手配しました。

 咲空良さまは、もう怜皇坊ちゃんのフィアンセ。

 瑠璃垣の名を貶めるような
 そんな軽率な行動はなされませんように」




軽率な行動?

フィアンセ?



「フィアンセと言っても飾りだけですから」



そう返す言葉に自分でも制御できない涙が
頬を伝い落ちる。




飾りだけ……そう私は飾り。




所詮、お祖父さま同士の誓約でこの場所に居るだけの
誰からも認められることのない受け入れられることのない存在。






「知可子さん……怜皇さんはお戻りになられた時
 どうして私を呼んでくださらないのですか?」

「怜皇坊ちゃんがお戻りになられる時間、
 咲空良さまは、すでにご就寝されています。

 怜皇坊ちゃんの優しいご配慮で私どもは、
 咲空良さまを起こさなくて良いと申し付かっています」



私が先に眠っているから……。



それを言われてしまうと、
それ以上は返す言葉が見つからなかった。





「……そうでしたか……。
 教えてくださって有難う。

 まだまだ……ですね……」





必死の思いで呟くと、涙が流れるのを見られたくなくて、
慌てて鞄を手に取るとハイヤーが待つ玄関へと駈け出した。


開けられた後部座席。


滑り込むように乗り込むと「すぐに車を出して」
っと逃げ出すように瑠璃垣の屋敷の門を後にした。


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