【B】星のない夜 ~戻らない恋~




車の中で溢れだす涙をハンカチで抑える。



服装に不似合いな着物鞄の中には
唯一の私物である財布とハンカチとチリカミ。

電池の切れた携帯電話。




「咲空良さま、
 どちらに向かわれますか?」



気遣うように声をかける
ハイヤーの運転手。



「ごめんなさい。

 私、時計を持ってなくて。
 今、何時ですか?」

「9時を少し回ったところです」





9時……。



9時なら、心(しずか)を訊ねてもいいかな?



「北区の廣瀬電子工業へ」




そう言って、
後部座席のシートに身を埋めた。





うとうとと眠っていたらしい私が
目を開けると、見慣れた景色が視界に飛び込む。




それは、心(しずか)の自宅近くの風景。





「ここで止めてください」




どの家に入るか知られたくないと思う気持ち。



僅かな瑠璃垣のでの生活は私を人間不信にするには
十分な時間だった。



ゆっくりと止まる車。




「お幾らですか?」

「瑠璃垣様より頂いております。
 近くで待機しております。

 必要になりましたら、
 こちらまでご連絡ください」


そう言われて手渡された名刺を受け取ると、
手持ち鞄に無造作に入れるとハイヤーを慌てて降りた。



わざと細い歩行者専用道路を選んで
歩きながら、心(しずか)の自宅を目指す。




ようやくの思いで辿りついた
心(しずか)の自宅のチャイムを押した。




「はい」




チャイムから聞こえた声は睦樹さん。




「都城です。
 都城咲空良です。

 心(しずか)ちゃんいますか?」

「心(しずか)?
 待ってて、すぐに開けるから」




そう言うと、カジュアルな服装姿で姿を見せた睦樹さん。




「どうぞ……怜皇には言ってきたの?
 ここに居るの?」

「……はい……」






睦樹さんの質問に小さな嘘をついた。


この場所に来るとは言わなかったけど、
親友の家に行くとは伝えたから全部嘘ってわけじゃない。





「どうぞ……」



招かれた部屋、私の姿を見た途端、
心(しずか)が駆け寄ってきて抱き付いた。



「……咲空良……」

「心(しずか)……」

「何してたのよ。
 いきなり音信不通。

 連絡取れなくなって、心配して
 咲空良の採用された内定先を訪ねたら
 出社初日から出勤してない。 

 そう思ってたら、今度は女性週刊誌で
 瑠璃の君のフィアンセって、堂々と見出しにのってるの、
 咲空良でしょ。

 びっくりして何度も携帯呼んだのに、
 携帯は繋がらない。


 もう……心配したんだかね」






そう言って、心(しずか)は
何度も何度も私を抱きしめてくれた。



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