【B】星のない夜 ~戻らない恋~

14.甘き誘惑 -葵桜秋-

仕事が終わって何時ものように帰宅する。


新人歓迎会のあの日から、また怜皇さまの姿をフロアー内でも
じっくりと見ることはなかった。


出張、重役会議、出張。


たま部署内に戻って来ても、
ガラスの向こうに暫く滞在するだけ。



口をきくこともなければ、
視線すらあわすことすらない。




勢いとは言え……怜皇さまの言うとおりに、
水割りを作って……抱かれた仲なのに……。



幸せに思えたのはその一瞬だけ。




今日も満たされぬ思いを抱きながら自宅へと戻った。




一人暮らしを気ままに出来るように
借りることにした、マンスリーマンション。


だけど、マンションに入れるのは明日から。


今日はまだ、モヤモヤする心を引きづりながら
両親のいる自宅へと帰る。



明日は休み。



仕事を理由にしてとっとと引っ越ししなきゃ。


引っ越しと言っても、家具も備え付けられてるから
持っていくのは僅かな身の回りの品だけで
十分なんだけど。



会社を出て電車を乗り継いで最寄り駅。


お気に入りのブティックで洋服を覗いて試着。
いつも同じ服ばかり着ていけない。


もう少し洋服、増やさなきゃ……。



何着か服を買い足して、
帰宅した私を最初に迎え入れたのは
瑠璃垣の屋敷で生活しているはずの
双子の姉・咲空良。



「お帰りなさい葵桜秋。
 髪……切っちゃったんだね」



長すぎる髪を切って、生まれて初めて、
カールをしたのは三月の下旬。


約一ヶ月、会ってなかった咲空良には
私の髪型は新鮮だったらしい。




「切ったよ。
 ちょっと気分転換したかったんだ」



そう……貴女と同じで居るのが嫌だったから。




「今日ね、怜皇さんに言って
 実家に泊りに来ちゃった」



そうやって微笑む咲空良の声が、
顔が……私をイライラさせる。
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