【B】星のない夜 ~戻らない恋~
ハイヤーはクリスタルホテルのエントランスへと滑り込み
ホテルのロビーからは何人もの重役らしいスタッフが
ゾロゾロと車の周囲に顔を出した。
「いらっしゃいませ。
怜皇様に仰せつかっております」
自己紹介と共に名刺を手渡した『総支配人』によって
最上階のVIP ROOMへと案内される。
ホテルのスタッフたちが出ていった後、
私は、その部屋をゆっくりと散策した。
私一人じゃ、泊まることが出来ない部屋。
そして……、あの日怜皇様と泊まったホテルの部屋も、
こんなにも豪華じゃなかった。
ここは……フィアンセである咲空良だから
泊まれるホテルなのかもしれない。
そんなことを考えながら、
窓から外のイルミネーションを眺めた。
都会の空。
どれだけ見上げても星一つないそんな夜空。
明るすぎて隠されてしまった
都会の星空は、少し私みたいな気がした。
ふいにガチャリと外からドアが開く音が聞こえた。
ドアの方へと向かうと相変わらずの腰巾着が、
怜皇様の傍で今日一日の最後の挨拶と
明日のスケジュールを報告していた。
思わず立ち尽くすように見つめる私の姿に
気が付いた東堂はゆっくりと会釈をして部屋を後にした。
ガチャリっと音を立てて閉じたドア。
そして二人きりになったホテル。
ゆっくりと彼の方に近づいて震えそうになる声を
必死にコントロールしながら声をかける。
「れっ、怜皇さん……お疲れ様でした」
そう言って、背後にまわって彼の背広をゆっくりと脱がせる。
脱がせたと同時に、ネクタイを緩めてシャツのボタンを少し開けた。
そんなさりげない仕草にも心が弾んで時めいてしまう。
そんな心を隠すように少し傍から離れて、
手にしていた背広をハンガーへとかけた。
「食事は?」
ソファーにどっかりと座りながら、
問われる言葉に、首を横に振る。
「いっ、一緒にディナーをしたくて」
そう告げると怜皇さまはソファーから立って
フロントに電話しているみたいだった。
すぐに運び込まれ食事。
だけどその食事は一人分。
「私は接待で食べてきた」
帰ってきた言葉は無残な言葉。
一人で食べるのはどれだけ豪華な食事でも
美味しくなくて、完食することも出来ずに大分残してしまった。
相変わらずソファーに座って、ゆったりとした時間を過ごしていた
怜皇さまは、私がソファーへと近づくと
何も告げずにバスルームの方へと出掛けてしまった。
せっかくの二人の時間なのに、
これじゃ、何にもならない。
今は私が咲空良なの。
咲空良の夢を私に見せてよ……。
彼と過ごす……甘い夢を。
お風呂から入ってきた怜皇さんを確認して、
私も続いてお風呂を頂く。
そして彼の傍に戻ってくる途中
葵桜秋として知った彼の好きな水割りを手にして戻る。
「お風呂頂きました。
ごめんなさい、少し水割りが恋しくなって
頂きました。
怜皇さんもいかかですか?」
そう言って、テーブルの上にコトリと置いたグラスは
冷えて、グラスから水滴が伝う。
「君も飲むのか?」
少し驚いたような表情を見せる怜皇様。
「えぇ」っと言葉を告げて、グラスを口元に運んだ。
氷がブツカル音が室内に響く。