【B】星のない夜 ~戻らない恋~
彼もまた静かにグラスを口元に運ぶと、
少し表情が緩んだ気がした。
バスローブからチラリと見える素肌が
あの……葵桜秋としての
最初の夜を思い出させてくれる。
「今日はごめんなさい。
わざわざ外で会いたいなんて、我儘言って。
怜皇さん、覚えてる?
神前悧羅学院のダンスパーティーで
初めてお会いした時のこと」
そう切り出した私の言葉に、
グラス液体をまた口にながら、
「覚えていたのか」っと小さく呟いた。
私はね……覚えてるわ。
咲空良は全く身に覚えのないことだけど……。
「最初の夜、他人行儀に言葉を告げるから
忘れているかと思った」
そう言いながら、彼は少しずつ私との……
咲空良との距離を自分の意志で縮めてきた。
氷だけになったグラス。
「怜皇さん、おかわり作って……」
その場から立ち上がって、移動しようとした私の腕を
彼の手が掴んで引き寄せる。
力強く引き寄せられた反動で
怜皇さんの胸の中に倒れこむ私。
「君が欲しい……」
真っ直ぐに見つめられた告げられる
ストレートな言葉。
放心する私に、彼の唇が、舌がゆっくりと
私の肌を深く染めていく。
啄むようなキスは、
やがて深く、頭か痺れるようなものへと姿を変える。
酸素が恋しくなって、ふと求めた隙間から
侵入してくる彼の舌先。
彼の舌が歯列を辿って、
私の口の中をくすぐっていく。
そしてソファーからお姫様抱っこで
連れられた大きなベッド。
私をゆっくりとベッドに降ろした後は、
スプリングが私たちの重みを受け止める感覚が伝わる。
再び、深いキスから続く
甘美な時間。
彼の指先が素肌に触れ、
彼の息遣いが、耳にかかるたび……
私の吐息は留まる事を知らない。
葵桜秋としての睦言とは違う、
じらされ続ける、その行為に翻弄され続ける夜。
その夜、何度も何度も彼は告げた。
「咲空良」「咲空良」っと名前を紡ぎながら……。
彼から紡がれる名にチクリと心が痛みつつも
私はその時間に溺れていった。
甘美な時間は、その蕾を開花させていく。