【B】星のない夜 ~戻らない恋~



「有難う。
 お会計を」


スタッフに告げると、


「咲空良さまより頂くわけには参りません。
 またのご来店をお待ちしています」っとスタッフ総出で送り出された。



まだ慣れることの出来ない、
瑠璃垣の次期トップのフィアンセと言う立場。



ホテルの公衆電話から、
心【しずか】の携帯へと電話する。




「もしもし」



公衆電話からなので警戒のトーンで
電話に出る心【しずか】。



「もしもし、公衆電話からでごめんなさい。
 この間は有難う。
 
 結婚式、呼んでね。
 今から瑠璃垣の家に戻ります」


そうやって告げると、
心【しずか】は、言葉を続ける。



「息抜きしたくなったら何時でも遊びにおいで。

 睦樹と待ってるから。
 あっという間に、待ってるのはお腹の中の子供と
 三人になってるかも知れないけど。

 社会人、少しは経験するのかと思ってたけど
 大学卒業してすぐに家庭に入っちゃうことになるなんて。

 仕事してるって言っても所詮は自営だしねー、今は」


「自営でも仕事は仕事だよ。
 私なんて、その仕事すらないもの。
 
 じゃ、また連絡できそうな時するね」




そう言って受話器を置くと、
公衆電話からは立ち去った。



エントランスホールを歩いて行ると、
ホテルマンが声をかけてきて早々に帰宅用のハイヤーを手配された。


お見送りを経験して、
数日ぶりに門を潜った、巨大な瑠璃垣の屋敷。



ハイヤーが止まった途端に、
知可子さんと、花楓さんが並んで私を出迎える。




「お帰りなさいませ。
 咲空良さま」



やっぱりまだ慣れることの出来ない時間。


「咲空良さま、昼食のお支度はいかがなさいますか?」 



そう言いながら、
屋敷の中に向かう私の後ろを歩く知可子さん。



「お帰りなさいませ、咲空良さま」


屋敷内で働く使用人の人たちが
次から次へと声をかけてくる。



数日ぶりに帰宅した屋敷は、
数日前とはガラリと印象が変わっていた。


もう陰口を叩く人もいない。


「怜皇さんをお見送りした後、
 ホテルの喫茶室でケーキを頂いてきたの。

 だから昼食は大丈夫です。
 お気遣い有難う。

 部屋に戻ります。
 何かあれば、声をかけてください」



知可子さんに告げるとゆっくりお辞儀をして、
知可子さんは離れていく。



部屋まで荷物を手にしてついてくるのは、
花楓さん。



「瑠璃の君と一夜を過ごしたからって
 一気に皆の態度が変わったけどいい気にならないで。

 お母様がなんて言われようと、
 私は咲空良さまが瑠璃の君に相応しいとは
 思ってないから」



背後から浴びせられた言葉に、
くるりと後ろを振り向いて、鞄を掴むと
慌てて自分の部屋へと駆け込んだ。


一難去ってまた一難って言うべきか、
隠れていた針が姿を見せたというか……
新たな不安を感じた瞬間だった。

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