【B】星のない夜 ~戻らない恋~

21.本家の呼び出し 兄の命日 -怜皇-


五月下旬。
子供が出来て結婚を決めた睦樹と心【しずか】さんの結婚が数日に迫った。

急ピッチで用意が進められた結婚式。


邸宛に、それぞれの名前で二通届いた招待状。


「木下、これを彼女に。

 後、式の日に彼女が不自由なく過ごせるように支度してやってくれ。
 彼女の希望通りに」

「かしこまりました。怜皇さま」

「先ほど、本家からご連絡がありまして奥様が至急来るようにと」



木下の言葉に自身の体が委縮するのがわかる。


「わかった。
 東堂、本社に行く前に実家に寄る。
 予定より時間を早める」


いつものように慌ただしい朝。




帰れるか帰れないかわからなかった昨夜。
たとえ、僅かでも立ち寄りたかった邸。


眠りにつく彼女を起こすことはしたくなかったけど、
自室に立ち寄った後、寝室のドアを開けて彼女の寝顔を見つめる。


俺の中て困惑する彼女の存在。
そして……俺を困惑させる、もう一人の近衛の存在。



女なんて興味はなかった。

ただ一時を面白く過ごせて、気が紛らわせることが出来れば
それだけで良かったはずなのに……『結婚』『婚約』と言う言葉が
俺自身に何かを投げかける。


その正体は今もわからないままだが、
それでも今までのどの存在よりも……俺自身が気になってる女性。


そう言っても過言ではないのかもしれない。



車に乗り込むと、すぐに東堂が今日のスケジュールを告げていく。



「東堂、睦樹の結婚式が決まった。
 前夜と結婚式の当日、俺の時間を優先に」

「前夜もですか?
 結婚式の当日は一日オフにしていますが、
 前日は奥さま主催の食事会。

 毎年、同じ日に開催されている食事会を欠席するのはいかがなものかと」

「そうか……。今年もこの日が来るんだな」



東堂の言葉に、目を閉じる。


養母が開催する一年に一度の食事会。

それは、本来『瑠璃垣怜皇』の名を継ぐ存在だった
正統後継者が亡くなった命日。


そして俺が……生まれた途端に母から引き離されて
瑠璃垣の後継者として迎えられることが決まった日。



あの日……兄となる存在が、他界などしなければ
俺の生活も……考え方も、今よりももっと違ったものになっていたかもしれない。


瑠璃垣の存在も知らないで、ただ平凡に暮らしていたかもしれない。


そんな風に得ることのできなかった思いを満たすために、
考えることもある。


だけど……兄が死んで、俺が瑠璃垣の家に迎えられたからこそ
神前悧羅に通い、睦樹と言う親友や、今も大きくビジネスに影響している
先輩方とのパイプにも繋がってる。


その人脈が瑠璃垣の成長を高めてくれる。
そんなことを考えている間に、車は本家前へと到着する。



「ただいま戻りました。お養母様」



玄関を潜って、使用人に案内されて向かう養母の元。




「怜皇さん、お帰り。
 朝ご飯は?」

「邸ですませて参りました」




朝食を進めながら俺に視線を向けるその人。



「そう。
 私が呼び出したのは他でもありません。
 あの一件はどうなっていますか?

 近頃、都城の小娘と親しげにホテルで過ごしたとか。
 私が何も知らぬとはお思いですか?」


「いえ。

 ですが、都城咲空良さんとの婚約は会長がお決めになった縁談。
 邪険にしすぎるのも、会長の目がありますので。

 私は私自身で、彼女のことを見極めたいと思っています」

「偉そうに私に口答えをして。
 貴方のような存在が、怜皇の名を継ぐなど……。

 次のお茶会、公の場で貴方に後継者としての資質があるかどうか
 いつものように試します。

 そのつもりで。
 私は瑠璃垣の将来を危ぶむ、危険分子は全て取り除きたいのよ。

 もういいわ。下がりなさい」



そのまま一礼して、養母の前から退散する。


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