【B】星のない夜 ~戻らない恋~
後継者の資質・後継者として……。
俺に求められるのは、機械仕掛けの人形同様。
感情と言う不穏分子より、性能と言う完璧な技能だけか。
その後、本社に移動していつものようにプロジェクトの為に動き回る。
近衛と共に外出をして、幾つかの業務をこなす。
プロジェクトメンバーとしての彼女は有能で、
俺の仕事がやりやすいように、次から次へと仕事を予測して作業をこなしていく。
そう言う意味では、秘書として将来的に取り立てることも出来るかもしれない。
そんなふうにすら感じさせる存在。
そしてそれは……時折、懐かしい記憶の……神前悧羅と、
聖フローシアの両校のお茶会の時の咲空良を思い出すことが出来た。
近衛の存在は、俺の心を乱していく。
何故こんなにも、近衛は似ているんだ……
俺の記憶の中の彼女に。
「怜皇様……」
車内で近衛が俺を呼ぶ。
その呼び方は、同じ言葉のはずなのに……
何処か他のものが俺の名を呼ぶよりも違って聞こえた。
「どうかしたか?」
「あの……お疲れですか?
今日はいつもと少し違うような気がして、
お加減でも悪いのかと思って心配していました」
近衛は心配そうに俺を真っ直ぐに見つめてる。
こうして……俺のことを気にかけてくれたのは、
いつも睦樹だった。
「すまない。最近、眠れていなくてな」
「そうなのですね。
怜皇様のお体は一つしかありません。
お大事になさってくださいね。
私が出来る仕事は手伝いますから、
いつでも振り分けてください」
「有難う。そうさせて貰うよ」
近衛は……瑠璃垣の御曹司だから、後継者だからと
俺に声をかけてくるどの女性社員とも違って、
俺自身を見てくれている、そんな気にさせてくれる。
瑠璃垣ではない、俺自身を求めてくれる存在。
だから……こんなにも興味がそそられるのかもしれない。
そんな風にすら感じられた。
その後も仕事を順調にこなし、時折睦樹のところに顔を出す。
毎日、定期的な時刻に邸に居る咲空良へと連絡を入れる。
彼女は瑠璃垣に来た日に着つけていた振袖に、
木下が支度してくれた袋帯を締めて、結婚式に出るのだと話してくれた。
彼女と交わす他愛ない会話。
そして迎えた一年に一度の試練の日。
養母主催の食事会。
名目は瑠璃垣の後継者である俺を中心にした交流会。
だがその実は、俺を蹴落とすための食事会でもある。
会長、父と一族の皆と、瑠璃垣と深く関わりのある企業の中心人物たちが
一同にクリスタルホテルの大広間に集まる。
日本だけにとどまらず、海外からのお客様も多い。
それら一人一人と向き合うように言葉を交わし時折問われる、
経済情勢の話題などに触れて意見を求められる。
今の社会情勢を眺めて、未来の経済をどれくらい描くことが出来るか
先見の明を試される。
行き詰ったら最後。
この場の笑いものにしかならず、瑠璃垣の未来に不安を覚えた企業からは
見放されてしまうかもしれない、そんな時間。
重圧の中、何とか食事会を終えてお客様を最後まで見送ると、
会長と父は満足そうに俺を見つめる。
その傍では、悔しそうな表情の養母。
その後、俺は自分の邸へと戻った。
翌朝、朝から慌ただしく結婚式に向けての仕度が始まる。
俺自身の支度を終えて一階に降りた時には
俺よりも早朝から支度をしていたと見える彼女が振袖姿で
俺を迎えた。
薄桃の布に雅やかに描かせれた鞠と御所車と桜の花。
髪も結い上げて、メイクをした彼女は
普段見る、彼女と違って感じられた。
「知可子さんが帯を結んでくださいました。
振袖を自分で着るのは簡単ですが、
帯結びは種類が限られてしまうので、お願いしたんです」
そう言って彼女は微笑む。