【B】星のない夜 ~戻らない恋~
いろんな私の中から私が選び取ったのは、
心【しずか】の為と言う大義名分を武器に
自らの現実から目をそらす今までと同じ選択。
朝、瑠璃垣の家でフィアンセとして隣に立つための
教養を勉強し、午後からは心【しずか】の家へとハイヤーで移動する。
心【しずか】の状態を見ながら買い物に行ったり、
心【しずか】が出来なさそうだったら家事を手伝う。
お邪魔しているときは、
キッチンに立って手料理を振る舞って
私も一緒に晩御飯を食べて、
またハイヤーで瑠璃垣の屋敷に帰宅する。
そんな時間を繰り返し続ける8か月。
貴重な怜皇さんが帰ってくる日だけは、
葵桜秋の言うとおりに、いつものホテルに閉じこもって。
現実に嫉妬する時間も確かにあったけど、
目の前の親友の時間にのめり込んでいくことで
気を紛らわせることが出来た。
まだ一度も怜皇さんには
振る舞ったことのない私の手料理。
神様が私の今までしてきたゲームだと思ってた時間を
罰しているように思えた。
やがて年が変わり、2月下旬の昼さがり。
ハイヤーの中で受け取った心【しずか】からの電話で、
陣痛が始まったかもしれないことを知った。
予定日より2週間ほど早い陣痛だった。
早産になのになかなか心【しずか】を困らせて
お腹の中から出なかったせっかちな男の子は力尽きて、
消えかかる命を帝王切開によって救われこの世に生まれ落ちた。
母親である心【しずか】にすぐに抱かれることなく、
ケースに入れられて他の部屋へと連れていかれた。
その日から、心【しずか】と共に
生まれてきた男の子と私も時間を過ごすようになった。
沢山の機械に繋がれた男の子は、
紀天【あきたか】と名付けられた。
ケースの穴から手を入れて、
ぷにぷにとした肌に触れる心【しずか】。
心【しずか】に促されるように、
私も生まれてきた紀天くんの手に触れる。
肌から伝わる温もりは紀天くんが生きている証で、
その紀天くんは、数日前までは触れる形ではいない存在で。
膨らんだ心【しずか】のお腹の中で
暴れまわってた子だった。