【B】星のない夜 ~戻らない恋~
3.許婚の存在 -怜皇-
*
怜皇、今日は邸に戻りなさい
父
*
短い命令口調のメールを携帯で確認して、
そのままジャケットの内ポケットに片付ける。
社会人になって、もうすぐ三年目に入ろうとする三月。
大学を卒業して、家のビジネスの後継者として
父の元で在学中の頃から勉強を続けて六年が過ぎようとしていた。
生まれた時から、瑠璃垣の時期後継者としての名、瑠璃垣怜皇(るりがき れお)を受け持つ
俺は、常に大人の視線を感じながら生き続けていた。
厳格な父に、血の繋がりがない本妻である母に囲まれて
ただ自分自身を受け入れて貰える、そんな場所を探しながら必死に過ごし続けてきた幼少期。
生まれた時から、ずっと縛られ続けるその瑠璃垣の名が今日も俺に大きくのしかかる。
「悪い。
今日は一緒に食事できなくなった」
共に過ごしている会社の同僚に、声をかけて一言詫びると
あからさまに、女は不機嫌そうに顔をしかめた。
「社長からの呼び出しなんだ。
何かプロジェクトの急用かもしれない。
この埋め合わせは、また何かするから」
女の前で手を合わせて、拝むようお辞儀をすると
片付けた携帯電話を取り出して、電話番号を表示して発信する。
「怜皇様、いかがなさいました?」
「親父から呼び出した。
邸まで頼む」
「五分で到着します」
父から命じられて、俺の専属運転手をしている河野(こうの)への連絡を済ませると
近くの書店に顔を出して、ビジネス雑誌をチラリと覗き見る。
父の手伝いを公にするようになって、何度か取材に来るようになった出版社。
並べられている雑誌をチラリと覗き見しながら、
約束の五分を過ごすと、河野からの着信が到着を告げる。
そのまま車に乗り込んで、約30分の道程を揺られて邸へと到着した。
「遅くなりました。
お養母さま(おかあさま)」
「お帰りなさい、怜皇さん。
お父様は、もうすぐお帰りになられます。
暫しむ、こちらで」
リビングで寛ぐ、養母にあたる父の正妻の正面に座って
父の帰りを待つ時間。
僅かな時間も、苦手な養母との無音に耐えられず、
失礼しますと断りを入れて、ノーパソを立ち上げると、現在企画中のプロジェクトの資料を
作成していく。
「遅くなって悪い。
怜皇、資料制作は順調か?」
「お帰りなさいお父さん。
明後日のプレゼンでは、このプロジェクトを選んでいただけるように頑張る所存です。
賛同が得られれば、瑠璃垣においての将来性は充分だと思いますから」
「慣れない分野への参入をかけたものだからな。
怜皇の手腕を楽しみにすることにしよう」
「はい」
ノーパソをゆっくりと閉じて、このままダイニングへと移動すると
ゆっくりとディナーが運び込まれる。
専属のシェフに寄って運ばれる夕食に手をつけながら、
父はゆっくりと口を開いた。
「美奈穂(みなほ)、怜皇。
二人に話しておかねばならない。
怜皇は覚えているか。会長が言いかわした親友の孫娘との許婚の話を」
「はいっ。
確か6歳の頃のパーティで、お祖父さまにお話を伺いました。
都城咲空良(みやしろ さくら)さんでしたか……」
「覚えていたか。
その都城氏の御令嬢が、明日、大学の卒業の日を迎える。
花嫁修業に、咲空良さんが近いうちに怜皇の邸に入ることになる。
会長より、万事恙なく受け入れ態勢をとお達しがあった」
父の言葉に、何度か顔を合わせた少女の存在を思い返す。