【B】星のない夜 ~戻らない恋~
「睦樹、明日でもいい。
心ちゃんの主治医に会えるかな?
俺も一人会わせたい人物がいる。
その人が、睦樹の希望になるかもしれないよ」
そう答えなから、今日成功したばかりの成果が、
この為に必要だったのかもしれないと運命の輪を思ってそっと目を閉じる。
「睦樹、まだ希望は捨てなくていい」
そう……瑠璃垣と言う名によって集められた人脈と、
俺自身が後継者の証として成し得た成果を存分に酷使して
親友の家族を守ってやるよ。
「怜皇……」
俺の名を呼ぶ睦樹の肩を励ますようにトンと叩いた。
翌日、俺は予定を変更して睦樹との時間を作る。
電話一本で快く、その場所に出てきてくれたその人は
心【しずか】ちゃんに最新の治療が可能かどうか、
主治医と話し合ってくれることが決まった。
だがそれは再発の告知があってのもの。
その上で、心【しずか】ちゃんの意志を尊重して治療に当たりたいと言うことだった。
睦樹は少しほっとしたような顔を見せて、
その場から心【しずか】ちゃんの主治医へと連絡をする。
その夜、いつもの定期連絡の電話の前に咲空良さんの携帯が着信を告げる。
「もしもし」
「お疲れ様です。
怜皇さん体は壊してないですか?
無理せずに休んでくださいね」
彼女の用件は察している。
睦樹がGOサインを出して、主治医が再発を告げたのだろう。
「あぁ、有難う」
「今、お電話大丈夫ですか?」
「15分程度で構わないなら」
「心【しずか】が子宮がんを告知されました。
しかも私も知らなかったのに、大学の時に一度発症していて
再発だったんです。
実家の父にも優秀なお医者様をしらないか確認したんですけど、
父に言われました。
『私に聞くより、怜皇さんに聞いてみなさいって。
怜皇さんの今回の仕事のセンター長なら、力になってくださるのではないか』って。
私、怜皇さんのお仕事のことも何も知らなくて、婚約者らしいことも何も出来なくて
なのに……こんな時だけ甘えるのは失礼だって思うのに……、
怜皇さんにしか頼れなくて……」
電話の向こう、泣き声を漏らしながら必死に訴える咲空良。
こんな風に彼女のように純粋に物事を考えられたら……。
虚勢をはることなく、ありのままの姿を見せることが出来る。
それもまた、俺自身が随分昔に諦めて忘れてしまったことか……。
そんなことを考えながら、最初から決まっている言葉を告げる。
「心配しなくていい。
睦樹からも頼まれた。すでに手配はしてある。
気にしなくていい」
本当は『安心しなくていい』と伝えたかった言葉。
それを『気にしなくていい』と伝えたのは、
彼女に心乱されかけている自分自身を牽制するため。
「有難うございます」
「仕事に戻る」
「はいっ……。
お仕事頑張ってください」
「あぁ、お休み」
「お休みなさい」
電話を終えた後、小さく溜め息を吐き出して
目頭の指先で軽く揉み解す。
「怜皇様、お加減でも?」
離れていた東堂が戻ってきてすぐに気遣う。
「いやっ、問題ない」
「三杉財閥の会長の名代として、三杉光祐【みすぎ こうすけ】さま、
早谷杏弥【はやせ きょうや】さま。
華京院財閥の会長の名代として、華京院怜樹【かきょういんれいじゅ】さま、
伊舎堂政成さまが到着なさいました」
三杉に早谷に華京院と伊舎堂。
学院時代からモンスター財閥として名高い一族の、
次期後継者であり、よく知る名前が告げられる。
この四名は会長でも父親でもない、俺自身が学院で自身で掴み取った人脈。
軌道に乗ったばかりの事業を、より発展させるためには
この四つの一族の協力が必要だと感じられるから。
覚悟を決めて、その話し合いの場へと俺は一歩踏み込んだ。