【B】星のない夜 ~戻らない恋~


「有難うございました」


お辞儀をして診察室を出る心【しずか】を
追いかけるように私も出て行く。


そのまま会計を済ませて、私のハイヤーで廣瀬の自宅へと戻る。


自宅に戻った途端、睦樹さんが私たちを迎え入れてくれる。


「心【しずか】お帰り。
 咲空良ちゃんもいつも有難うね」


そう言って迎えてくれたその人は、
病院での出来事を知っているみたいだった。


「睦樹……ごめんなさい。
 私……」



心【こころ】が謝りかけた頃、
それを最後まで聞かないまま強く抱きしめる睦樹さん。



お父さんとお母さんが揃ってるのに、
二人の間に何かの空気を感じるのか
さっきまでお利口さんだった紀天がぐずり始める。




紀天が泣き出した後、慌ててあやしだす二人。



「咲空良、びっくりしたでしょ。
 中で話すわ。

 お茶にしましょう」


驚くほど落ち着いた口調で心【しずか】は家の扉を開ける。



リビングのソファーに荷物をおいて、紀天をベッドへと寝かせると
心はすぐに紅茶の仕度をして、テーブルへと戻ってくる。

睦樹さんはミルクの仕度をして、紀天に哺乳瓶をくわえさせる。
立派な飲みっぷりで、用意して貰ったミルクを飲み干すとゲップをして
眠りについた。



「心【しずか】、仕事に戻るよ。
 咲空良ちゃん、ゆっくりしていって」



睦樹さんがリビングを出た途端、
心【しずか】はソファーに座って紅茶を飲みながら話し始めた。



「咲空良……、再発しちゃった」


再発……その言葉は病院でもきいて引っかかってた。


「その再発って、何の病気?」

「子宮がん」


あまりの突然発言に、
私は返す言葉を失ってしまう。


「私、学生時代に夏休み、子宮がんの手術してたの。

 ほらっ、バイトが忙しいってゼミの皆に言ってた、
 二回生の時覚えてる?」


心【しずか】の言葉に誘導されるように
思い出されていく記憶。

引っかかる出来事が確かにあった。


二回生の夏のゼミのメンバーでの合宿。

心【しずか】は一人、参加しなかった。


そのゼミも心【しずか】が参加しないのもあって、
交流が苦手な私は葵桜秋に全て任せてた。



「……うん……」

「あの時、生理痛が重くて病院に行ったら、
 子宮がんが見つかったの。
 
 将来のことも考えて子宮を温存する形で手術して貰った。
 だから……こうやって紀天にも会えたんだけどね」
 


そう告げた心【しずか】。




「心【しずか】……、再発って?」


「手術した時に、主治医に言われたの。
 4年頑張りましょうって。

 あと少しだったのに……。

 正直、紀天を妊娠した時、その怖さもあったの。
 子宮がんを告知されてる子宮だもの。

 紀天が居心地悪くないかなっとか、
 死産にならないかなっとか。
 
 睦樹さんも全部知ったうえで受け止めてくれてるから
 どちらかと言えば、紀天よりは母体である私重視の考えが大きくて。

 何度も家庭内で衝突してたの。
 
 でも大好きな人の命を宿せたなら、不安は大きくても産みたいでしょ。
 睦樹さんに残してあげられる唯一のものだもの。

 だからそんな不安を支えてくれた咲空良には感謝してたの」




妊娠時に打ち明けて貰えなかった心【しずか】の秘密に、
声を震わせながら、問いかける。



「どうして?

 なんでその時に教えてくれなかったの?」



責めるように問い詰めた言葉なのに、
心【しずか】は、ゆっくりと微笑んで言い切る。 


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