名もなき少年
始まりと終わり
少年は旅をしていた。それは彼にとっては普通のことであり、それが当たり前だった。なぜなら彼には名前がなかった。「名前」を探す旅でもあった。
一つの村に到着した。
「旅人かい?」
老人の一言に、少年は頷いた。
「長い距離を歩いてきたようだね。衣服や靴がボロボロだ。ほれ、少し安んでいきなさい」
そう言って老人は少年に背を向け歩きだたした。老人が一度振り返り、少年に手招きした。少年は、老人についていった。
村は、栄えているとも、栄えていないともいえなかった。それでも人々は楽しそうに暮している印象を、少年は抱いた。
老人に案内された少年は、一軒の藁葺きの小屋に案内された。戸棚から衣服と靴を出している。
「息子のだがな」
老人は衣服と靴を少年に渡した。着古した物とはいえ、新品同様に見えた。大事に保管されていたことが、少年にも伝わった。
「いい笑顔じゃ。人は笑顔が一番じゃ」
老人は少年の全身を眺めていった。少年は衣服と靴を老人から渡された物に着替えた。そのとき、少年が着ていた服のポケットからカスタネットが落ちた。
「ほう、カスタネットか。懐かしいのう。最近じゃ見かけない」
老人は落ちたカスタネットを拾い、カタ、カタ、と音を鳴らした。その間に少年は服を着替え、靴を履き替えた。まだ老人は、カタ、カタ、とカスタネットを鳴らしていた。そうすることで何かが起きるかのように。
「少年よ、なぜ旅をするのじゃ?」
老人はカスタネットを少年に返した。
少年は名前を探す旅に出ていることを伝えた。そして今までの旅についてのことを少年は老人に話した。老人は静かに聞いてくれた。少年の話が終わり、老人が何か言いかけたときだった。藁葺き小屋の扉が荒々しく開く音がした。
「長老、火事です。村に火の手が」
一人の痩せ男がいった。「落ち着くのじゃ」と老人が言いながら外へ軽やかな足取りで飛び出した。少年もそれについていった。
外は火の海だった。藁に火が飛びうつり、赤い龍が何匹もいるかのようだった。大人たちが、子供や家畜を避難させていた。
少年は燃え盛る炎の中に進んでいった。
「少年、危ないぞ。戻ってこい」
大声で老人が叫んだ。その声を少年は聞き流した。
少年はポケットから先ほど老人が、カチ、カチと鳴らしていたカスタネットを取出した。そしてそのカスタネットを老人とは違うリズムで鳴らし、燃え盛る炎を目の前にして軽快なステップを踏んだ。地面を蹴り、その音に合わせて、カスタネットがカチカチとリズムを刻んだ。
そうすると空から、ポタポタと雨が降ってきた。少年がカスタネットを鳴らし、ステップを踏む度に、勢いよく雨が降注いだ。その勢いとともに、燃え盛る炎も嘘のように消えていった。
村人たちは少年に歩みよった。そこには拍手するもの、歓喜の喜びを叫ぶもの、雨に感謝するものがいた。
老人曰く、数ヶ月ほど雨が降らず、井戸の水は枯れ果て困っているとのこだった。それがこの雨だったので村人たちが喜ぶのも無理はない。
「少年よ、お主は救世主じゃ」
老人の目には涙が溢れていた。
少年はカスタネットをいつものようにポケットにしまい。老人の言葉に頭を下げた。
そして少年は、火が消えたのを見届け村の出口へ歩いていった。少年の背に向って、「ありがとう、ありがとう」と声が浴びせられた。最後に老人が、
「名前、見つかるといいのう」と声を上げた。
少年は右手を上げ、バイバイと手を振った。
これからも少年の旅は続く。名前を見つけるために。
一つの村に到着した。
「旅人かい?」
老人の一言に、少年は頷いた。
「長い距離を歩いてきたようだね。衣服や靴がボロボロだ。ほれ、少し安んでいきなさい」
そう言って老人は少年に背を向け歩きだたした。老人が一度振り返り、少年に手招きした。少年は、老人についていった。
村は、栄えているとも、栄えていないともいえなかった。それでも人々は楽しそうに暮している印象を、少年は抱いた。
老人に案内された少年は、一軒の藁葺きの小屋に案内された。戸棚から衣服と靴を出している。
「息子のだがな」
老人は衣服と靴を少年に渡した。着古した物とはいえ、新品同様に見えた。大事に保管されていたことが、少年にも伝わった。
「いい笑顔じゃ。人は笑顔が一番じゃ」
老人は少年の全身を眺めていった。少年は衣服と靴を老人から渡された物に着替えた。そのとき、少年が着ていた服のポケットからカスタネットが落ちた。
「ほう、カスタネットか。懐かしいのう。最近じゃ見かけない」
老人は落ちたカスタネットを拾い、カタ、カタ、と音を鳴らした。その間に少年は服を着替え、靴を履き替えた。まだ老人は、カタ、カタ、とカスタネットを鳴らしていた。そうすることで何かが起きるかのように。
「少年よ、なぜ旅をするのじゃ?」
老人はカスタネットを少年に返した。
少年は名前を探す旅に出ていることを伝えた。そして今までの旅についてのことを少年は老人に話した。老人は静かに聞いてくれた。少年の話が終わり、老人が何か言いかけたときだった。藁葺き小屋の扉が荒々しく開く音がした。
「長老、火事です。村に火の手が」
一人の痩せ男がいった。「落ち着くのじゃ」と老人が言いながら外へ軽やかな足取りで飛び出した。少年もそれについていった。
外は火の海だった。藁に火が飛びうつり、赤い龍が何匹もいるかのようだった。大人たちが、子供や家畜を避難させていた。
少年は燃え盛る炎の中に進んでいった。
「少年、危ないぞ。戻ってこい」
大声で老人が叫んだ。その声を少年は聞き流した。
少年はポケットから先ほど老人が、カチ、カチと鳴らしていたカスタネットを取出した。そしてそのカスタネットを老人とは違うリズムで鳴らし、燃え盛る炎を目の前にして軽快なステップを踏んだ。地面を蹴り、その音に合わせて、カスタネットがカチカチとリズムを刻んだ。
そうすると空から、ポタポタと雨が降ってきた。少年がカスタネットを鳴らし、ステップを踏む度に、勢いよく雨が降注いだ。その勢いとともに、燃え盛る炎も嘘のように消えていった。
村人たちは少年に歩みよった。そこには拍手するもの、歓喜の喜びを叫ぶもの、雨に感謝するものがいた。
老人曰く、数ヶ月ほど雨が降らず、井戸の水は枯れ果て困っているとのこだった。それがこの雨だったので村人たちが喜ぶのも無理はない。
「少年よ、お主は救世主じゃ」
老人の目には涙が溢れていた。
少年はカスタネットをいつものようにポケットにしまい。老人の言葉に頭を下げた。
そして少年は、火が消えたのを見届け村の出口へ歩いていった。少年の背に向って、「ありがとう、ありがとう」と声が浴びせられた。最後に老人が、
「名前、見つかるといいのう」と声を上げた。
少年は右手を上げ、バイバイと手を振った。
これからも少年の旅は続く。名前を見つけるために。