泣いていたのは、僕だった。~零~
男がゆっくりと壁から拳を放した。
「罪悪感……。確かに」
男は血が滲む自分の手を見つめ、笑った。
「それでも生きなきゃならない。枷を背負っても。それが残された者の、精一杯の罪滅ぼしだから。」
「罪滅ぼし……」
「生きて。必死に生というものにしがみついて。無駄、なんて事はない。きっといつか、アナタを必要としてくれる人が居る。」
雨に濡れた男の顔が、泣いているように見えた。
本当に泣いていたのかもしれない。
「……すみません。みっともない所をお見せしました。」
打って変わった男の態度。
買い物の帰りだったのだと、男は投げ出された買い物袋を拾い上げた。
「本当すみません。頭に血が上っちゃって。あー…卵グチャグチャになってしまいましたね。」
「…………」
な、んなんだよ。コイツ。
さっきとまるで別人じゃねーか。
「ああ、そうだ。お詫びと言ってはなんですが、一緒に食事でもどうですか?腕には自信ありますよ。」
「……………。」
男を睨んでも、その笑顔は崩れなかった。
「……お前、名前は?」
「創です。矢代 創。アナタは?」
「……櫻井 隆だ。」
「よろしくお願いします。さて、せっかくですから卵を使ってオムライスでも作りますか。」
呟いて創は歩き出した。
数歩で俺に振り返る。
「どうしたんです?来ないと置いていきますよ。それとも……オムライス、嫌いですか?」
「………ばぁーか。大好きだっつーの。」
俺は口元を綻ばせ、創に並ぶ。
「ところでお前いくつ?」
「21ですけど。」
「げっ…同い年じゃん。敬語やめようぜ。」
「これは癖みたいなもので。気にしないでください。」
「って言われてもなぁ…」
俺達は傘も差さず、雨の中を歩いた。
佇んでいた場所を振り返らずに、歩いた。