音匣マリア
言葉を無くした私を、真優さんは矢継ぎ早に責め立てた。


「アンタ、マジ邪魔。蓮なら安心だってパパも言ってるし、蓮もアタシと一緒にいる方が将来不安がないって言ってるし?アンタ一人が舞い上がってんじゃん?超勘違い。昨日みたいに逃げてりゃいいんだよ」



「……蓮が、そう言ったんですか?」


「アタシと一緒になれたら、当然パパからのフォローも今まで以上にして貰えるしね。だからアンタは邪魔なの。さっさと消えて、蓮の前から」


「……瀬名さんも、知ってるんですか?」



あなたの歪んだ性格の事を。



「アタシ、パパに言ったよ。そしたら『今の彼氏とは別れろ。蓮なら俺がなんとかするから』ってさ」


「………そうですか……」


それを言いに態々ここまで来たんだ。


私に止めを刺すために。



もう充分でしょう?


蓮が選んだのは、私じゃなくて、真優さんだった。

蓮の夢に力を貸してくれるのは、瀬名さんと真優さん。


蓮がそう望むなら、私はもう必要ないね。



蓮の口からその話を聞かされなくて良かったよ。


そんな事を蓮から聞かされたら、私はきっと冷静ではいられなくなる。


「ありがとうございます。教えてくれて。……蓮を、幸せにしてあげて下さいね。……失礼します」


涙はまだ出てこない。


昨日も泣かなかった。



本当に、好きだったから。



笑って蓮の新しい恋をお祝いしてあげるね。





午後は仕事に集中した。


そうしないと、とても自分を保っていられそうになかったから。


営業初心者の私に、上司はロープレで飛び込み営業のセールストークのコツを教えてくれた。


明日からは先輩とマンツーマンで実践だ。


ロープレを終わると終業時刻。珍しく定時であげてもらえた。


寒い風が吹く中、ショールを巻きながら外に出る。


吹き抜ける風は一瞬で体を冷やしていく。


かさかさと吹き溜まりに遊ぶ枯れ葉は、まるで私の心のように虚ろに音を響かせる。




そんな灰色の景色をただぼんやりと眺めていた。



誰かに腕を掴まれたのにも、暫くは気が付かなかった。



痛いぐらいに掴んだ腕を締め上げられて、痛覚で我に返った。


その手が誰のものかは見ただけでも分かる。


最初から私、蓮のこの手が好きだったんだから。








< 105 / 158 >

この作品をシェア

pagetop