音匣マリア
目の前の女から目を逸らし、次々に出される注文を捌いていた俺に瀬名さんが声をかけた。


「今日はこの辺で。あ…と、蓮。お前、来月の初旬に開催されるフレアの大会はどうするんだ?」

「出るつもりです」

「そうか。前回は4位だったからな。今回は頑張れよ」


そう言い残して瀬名さんは去った。


……そう、この女を残して。


この女、カウンターのど真ん中の席に陣取りやがってマジで邪魔なんだけど。目障りだし。


「蓮、アタシに蓮のお任せ作ってよ」「ねぇ、隣のオンナウザくない?蓮はアタシのなんだけど」「あのヒト使えないねー!山寺だっけ?パパに言っとくね」「蓮の部屋の合鍵作っちゃった」



おい待て。最後にこの女、何て言った?



「だって、パパには彼氏から逃げたい時は蓮の部屋に行くって言ったんだもん。大屋さんとこにパパと一緒に行って、鍵借りたんだよね。その時に作っちゃった」


肩を竦めて、てへ、と笑う姿を自分では可愛いと意識しているんだろうが、全くもって憎いだけだ。


「あの夜はねー、彼氏が帰って来なかったからトモダチ連れてうちらの部屋にいたんだよね。そしたら蓮てば、あのオンナじゃないオンナを連れ込んでんじゃん?やっぱあのオンナは本気じゃなかったんだーって」


性格歪んだお前に友達なんていたのか。吃驚だ。


じゃなくて。



あの夜、こいつは隣の部屋で俺とリコとの情事を聞いてたのか。悪趣味もいいとこだな。



まさかこいつがその事で、菜月に脅しをかけてたなんて知るよしもない俺は、戯れ事を聞き流しつつただ黙って仕事に没頭していた。



「彼氏にはねー、パパが蓮と付き合いなさいって言ったからって別れ話をしたんだけど、納得しないんだよぉ。マジでサイテー」

「……お前の方がサイテーだ」


ぼそりと言った一言は聞こえなかったんだろう。


酔いがまわった馬鹿女は、聞かれもしないことをべらべら喋っている。


「だって蓮の方がアタシ好きだしー、カッコいいしぃ。それでアイツに『蓮はパパの店の店長なんだから』って言ったら真っ青な顔して出てったけど。もう帰ってくんなっつの!」


ギャハハと笑うこいつは下品で目を背けたくなる。


瀬名さんは恩師だけど、娘のこいつとは知人として話すのも嫌だ。






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