音匣マリア
フェアが終わって通常業務に戻ろうとした私は、不意に先輩に呼び止められた。


いきなりだけども「今日の夜、菜月の歓迎会をやるからこの店に来て」などと言われた時にちょっと戸惑った。


せめて前日にぐらい話してくれてもいいじゃん。


なんでこんなに急に歓迎会だなんて話になったんだろ?



その疑問は先輩の次の一言で解けた。



「早く海野さんの店行きたいのよねぇ~!」


なるほど。私はダシですか。



まぁいいけど。仕事上のお付き合いってヤツも、たまには必要だし。

ちびちびと飲んでるから、ほっといて下さいよ。


でも、海野とかいう人を囲んだあの雰囲気の中に、長居はしたくないな。


適当に付き合って帰れば、文句はないよね。


「菜月ちゃんは遅番だっけ?終わったら『パスクィーノ』ってクラブに来てくれる?」


先輩に、有無を言わさず店の地図と電話番号を書いた紙を押し付けられた。


めんどくさくなったら「店がわかりませんでしたから行けませんでしたー」で、ごまかそうっと。


本当はあんまり行きたくないし。

行くか行かないかは、その時の気分で決めよう。よし。





仕事が終わり、制服から私服に着替えてる最中、突如携帯が鳴った。



先に歓迎会に行ってるあの先輩からだった。

「ハイ、菜月デス」


うわー、飲み会には行きたくないなー。




「……まだ仕事終わんねーの?」


先輩とは違う、低い男の人の声。

誰だ、コイツ?


「どちら様ですか?」

「……海野だけど。みんな出来上がってて覚束ねェから、早いとこ来てくんね?」

何コイツの上から目線。

ごっさ腹立つんですけど。



「分かりましたー」

溜め息混じりに返事を返す。


行きたくないのに。嫌なのに。


これって強制じゃね?逃げられなくね?


嫌だなー。行きたくないなー。




そんな事をうだうだ悩みながら歩いていると、とうとう地図に書かれた店に辿り着いてしまった。



わりとシックな、落ち着いた感じの外装。


重たそうな木の扉を開けると、暗めの照明が目に入る。


割と広い店内の中、先輩達を探すとみんな揃ってカウンターに潰れていた。


「遅くなりました。すみません」

「菜月マジでぇー。おーそーいー!」


先輩達がやたら語尾を伸ばして喋るもんだから、かなり出来上がってるらしいのは見てとれた。


「もー、海野さんてば、菜月の事しか聞かないんだけどー?」

「ずっと聞いてたよねー。てか、さっきあたしの携帯使った時、絶対菜月の携帯のデータを転送したよね?」

「うっそ。マジで!?」

「だって、履歴残ってたもん。ホラ」



……マジかよ。



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