音匣マリア
シャワーを浴びて、バスローブのままで髪を乾かしたかった私は、蓮を残して鏡の前に座る。


不意に私の後ろに立っていた蓮が、ドライヤーを私の手から奪って髪を乾かしてくれた。


「しばらく見ない間に、伸びたよな」

「そう?最近はずっとアップにしてたから分かんない」


私の髪を掬って、それを口許に持っていく姿が艶かしい。


「……俺さ、こないだのフレアの全国大会で優勝したんだ」


優勝!? そんなの知らなかった!


なんでもっと早く言ってくれないの!それに、私今日はクリスマスイブだって言うのに、蓮に何もプレゼントを用意してないし!


「もー…。何で教えてくれないんだよぅ…。プレゼントもおめでとうもあげられなかったじゃんか…」


蓮は自嘲するかのように薄く笑う。


「菜月からは、この誕プレだけで充分だから。あとさ……」


そう言う蓮の胸元には、私があげるはずだったあのネックレスが鈍い光を反射させている。


あとは何?まだ何か隠してるの!?


「俺が優勝したから、フレアの日本代表で世界大会に出るんだ。3月にシンガポールで行われる。それに、お前も連れていきたい。つーか連れてく」

「私パスポートを持ってない……」


いや、問題はそこじゃないんだけど。

あまりの話に動揺した。と言うか。


それはつまり?


「新婚旅行がシンガポールじゃ嫌ですか、 お嬢さん?」


新婚旅行 !? いきなりそこに話が飛ぶ !?


「嫌…じゃないけど、まだ実感が湧かなくて。今日だって、どうして蓮が花婿役だったのか……」


今日は色んな事がありすぎて、完全にキャパ越えてるよ。状況についていけてない。


「今日の事は、中井さんと小柳さんが仕掛人。お前、この二人の前で何か言ったのか?」


言った…て言うか、お酒の勢いでカミングアウトしちゃいましたけど何か?


「ちょっとだけ、私達の現状をですね…」


言葉を濁して、えへ、と誤魔化し笑いをする。

酔って全部暴露したなんて言えない。絶対言えない。


「ふーん。それであの二人がお節介にも首突っ込んで、模擬結婚式から模擬をとった結婚式を計画したらしいな。当の俺達には何も言わないで」

「あ…そうなんだ……」


うわぁ、ヨッシーはともかく小柳さんに借りを作った訳だ。後で何を見返りに要求されるか分かったもんじゃないぞ、これは。


「……それで?お互いの両親が納得したら、一緒に行ってくれる?新婚旅行」

「……うん。だってもう、夫婦の誓いはたてたんだもんね」


まだクリアしなきゃいけない難関はあるけど、蓮と二人ならきっと乗り越えられる……よね?



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