音匣マリア


――――6月。


吉田さんご夫婦の挙式も、来週に控えた梅雨明け間近のとある水曜日。

私は産婦人科に健診に来ていた。



それなりにお腹も目立ってきてるし、胎動だって頻繁に感じるようになった。



赤ちゃんは、男の子。



この前の健診でエコー写真を見せながら、お医者さんがそう告げてくれた。



最初の子は女の子が欲しかった私は、ほんのちょっとだけガッカリしたけど、でも【命】は授かり物だもん。私の中にいてくれるだけでも嬉しいし、ありがたいんだ。

赤ちゃんがお腹の中に存在してくれるという、それだけでも心がほっこりしてくる。


いざ産まれてくるまでには色んな不安もあるけれど。




――早く、あなたに会いたいよ――


それが今は私の強い願い。






そして、不安がっている暇も私には無いくらいに忙しかったりする。


吉田さんと平野さんの挙式は、絶対に成功させなきゃいけないんだから。




妊婦だということで、残念だけど私はご両家の挙式のアシストに回された。


吉田さんと平野さん達との交渉役はやむを得ず小柳さんに換わって貰った。




私は意地でもこの2件の式の交渉役をやりたかったんだけど、思わぬ反対者のせいでアシストに回らざるを得なくなってしまったのは、めちゃくちゃに悔しい。




思わぬ反対者、それは蓮だ。




私が妊娠してからというもの、蓮はヨッシーですらドン引きするぐらいに私を過保護に甘やかそうとしてて。


夜の仕事に就いている蓮は、私が仕事に行っている間に家事を全部やってしまってるから、ろくに洗濯もさせてくれない。



ご飯はいつの間にか蓮が作ってるし、掃除だってピカピカに床を磨き上げてる。




こういう時って仕事の時間にズレがあると助かるなぁ…と思ったのは束の間。それからの蓮はどう見てもやりすぎだと思う。



まだ妊娠初期の頃、わざわざ私の会社にまで押し掛けてきて、上司を呼び出し「身重の菜月は閑職に回してくれ」なんて懇願してしまった。(半ば脅しも入ってたと思うけど)



蓮はそれだけでは終わらず、「もう菜月を産休に入らせてくれ」なんて、上司に向かってとんでもないことを言い出したから、慌てて襟首を掴んで会社から放り出してやった。



恥ずかしいやら悔しいやらで、その日は蓮とは口を聞いてやらなかったけど。



さすがに妊婦だから外回り営業は続けられないのは自覚してるよ?だけど既に決まってる2件の挙式に関しては最後まで責任もって見守りたいし、花嫁さん達の力になりたいの!



そう力説したら蓮は渋々折れて、2件の結婚式が終わるまでは仕事に専念してもいいって言ってくれた。



はぁ、産休に入るまでは仕事を優先したいけど、過保護な旦那様がいるってちょっと疲れる。


……『旦那様』って響きは良いんだけどさ。


< 148 / 158 >

この作品をシェア

pagetop