音匣マリア
「式の前に何か食べないといけませんね。サンドイッチをお持ちしました」
そして今日、吉田さんご夫婦の結婚式当日。
式の進行をプロのアナウンサーや小柳さんに任せた私は、新郎新婦の控え室にお邪魔した。
今日の主役のお二人は食事を摂る時間もないだろうから、せめて軽食でも差し入れしておかないと、長丁場の式や披露宴には耐えられないだろうから。
それでも気にせず披露宴でガツガツ食べる新婦さんや、浴びるようにお酒を飲む新郎さんも、たまにはいるけどね。
朝はパラパラと小雨が降っていたけど、新郎さんと新婦さんの着付けが終わる頃には雨も止んでいた。
早苗さんが着ているのは、伝統的な白無垢ではなく所謂『新和装』と呼ばれる衣装だ。
薄紅色の垂れ桜と鮮やかな牡丹、そして新緑を思わせる若い紅葉が華やかに彩られたオーガンジーの白無垢。髪はかつらではなくアップにしてトップに蘭の生花を散らしている。
その姿を見るといかにも可憐で清楚って言葉がピッタリで、いつものハキハキした早苗さんじゃないみたい。
旦那さんは、紋付きの羽織袴で緊張して椅子に座っている。
早苗さんにメイクを施し終えると、衣装係りさんがお二人に声をかけた。
「口紅が落ちないようにサンドイッチを召し上がって下さいね。新郎様、新婦様にあーんして食べさせてあげて頂けますか?手にもファンデーションを塗っていますから物が持てないんですよ」
衣装係りさんとメイクさんがクスクス笑いながら吉田さんの旦那さんに促した。
「っはぁ!?マジ勘弁……」
旦那さんは顔を赤くして早苗さんから目を逸らす。
……多分、早苗さんが綺麗過ぎて目も合わせられないんだろうなぁ。
早苗さんもニッと笑いながら旦那さんの脇を小突いた。
「お腹空いたよ。ほら、早く!」
「お前、もう今日は黙ってろよ」
そんな悪態をつきながらも、旦那さんは早苗さんの口許にサンドイッチを運んであげている。
……そんなお二人を見ると、私までが幸せな気分になれるから不思議だ。
「ご移動、お願いします」
式場スタッフの声で、室内の空気が凛としたものに変わる。
さあ、今日の式は神前式。
うちの式場は参列者が全員入れるほどの広さがある。
親戚だけではなく参列者が全員入れるから、という理由で、旦那さんはチャペル式より神前式の方を選んでいる。
遺影を携えた親戚の前で。離れ離れになった友人達の前で。
改めて神に誓いたいと希望した旦那さんの望みが、叶う瞬間。
どうか神様、吉田さんご夫婦と、それに繋がる皆様に祝福を与えてあげて下さい。
これからを生きていく、お二人のためにも。
そのお二人の、大切な人達のためにも。