音匣マリア
私はカウンターの隅に追いやられて、すっかり消沈してただボーッと海野さんがフレアの準備をするのを眺めていた。


もうやだ。早く帰りたい。


視線を海野さんから自分の手元にあるカクテルに目を移すと、耳元で「きゃあぁぁ!!」という嬌声がつんざいた。


……うるせ。


ふと見ると、そこに長身の海野さんより更に背が高い細身の男の人がカウンターの奥に立っている。


「予約なしにお前がフレア引き受けたっつーからよ。珍しい事もあるもんだと思って出てきた訳よ」

「ちょ、邪魔なんで引っ込んでてくんない?」


海野さんが不機嫌そうにその男の人を見やった。

けれども先輩達の黄色い声に阻まれて後の言葉は聞こえない。


「やだー!!海野さんが菜月狙いでつまんないからぁ、あたし中井さん狙う!!」

「あたしも中井さんがイイ!」



……あれ?でも待ってよ?この男の人の声、この姿……。



「もしかして、ヨッシー…じゃね?」


その男の人は振り替えって私を見た。


「あ?お前ナツか?なんでここにいる?」



やっぱり間違いない。



兄貴の高校時代からの悪友、中井芳樹だ。


今年28才になる私の兄貴は大学を卒業した後、今は高校の社会科の教師をやっている。


目の前にいる中井芳樹(なかい よしき・通称ヨッシー)は大学まで兄貴と一緒によくつるんでいたから、わたしとも面識があるんだ。

ヨッシーが店長を勤めるクラブには、私も兄貴に連れられて何回か遊びに行ったこともあったけど。



で、そのヨッシーがなんでここに?




< 16 / 158 >

この作品をシェア

pagetop