音匣マリア
家まで送ってくと蓮が言い張ったので、二人で一緒にタクシーに乗って帰った。


「遠回りになるからいいよ」って断ったんだけど、「まだ離れたくねーんだよ」なんて返されれば、素直に甘えるしかなくて。


このまま離れたくないのは、私も同じ。


そんな感じで帰りのタクシーの中でもずっとイチャイチャしてたから、運転手さんは目のやり場に困ってた。


先に私の家で下ろして貰うときも、別れ際に軽くキス。


名残惜しくて淋しくて。



誰かと付き合っても、別れ際が淋しいなんて思ったことないのにね。



私にとっての蓮は【特別】になったんだ。



私は多分、これ以上に誰かを好きになるなんてできないんだろう。



――――心が、体に伝わっていく――――。











それ以来、私の仕事が終わると、必ず蓮の店に立ち寄るのが日課になっていた。


《パスクィーノ》には、蓮目当ての女の子達が必ずいるけど、蓮はわざわざカウンター席の隅を、いつも私の為の指定席にして空けといてくれるんだ。


そこに座って蓮オリジナルの私だけのカクテルを作ってくれるのを眺めながら待っている。


カクテルの名前は[rape blossoms]。


丁寧にリキュールを量り、手に馴染んだシェイカーを振る蓮の姿には、いつも目が釘付けになってしまう。


ダークラムとコアントロー、それにパインジュースを混ぜたアルコールが高めの[rape blossoms]が出されるのは、一杯だけ。


後は私がいくら他のお酒を頼んでも、絶対に他のお酒でさえ出してはくれないの。

「どうして一杯だけしか飲んじゃ駄目なの?」って理由を聞いたら、「俺以外の奴に酔った菜月を見せたくないから」なんて言われた時は嬉しいやら恥ずかしいやらで赤面してしまった。


蓮にそこまで想われてるなんて、嬉しくて身悶えしそうだ。


そして今夜も特等席に座って、ありがたくそのカクテルを味わって飲んでいた。


オレンジとパインの酸味が疲れた体に調度いい。だけどラムを使ってるから、アルコールは高いんだけどね。



「そういやさ、お前次の休みはいつだよ?」

「水曜日…だったはずだよ?シフト表見ないと分かんないけど、多分平日だった」


それまでカウンターに座る他のお客さんの相手をしていた蓮が、会話を打ち切って私に話しかけだした。


次の休み、何か予定でもあるのかな?


「じゃ、俺も菜月に合わせて休み取るから。どっか行くか?」


どっかってどこ!?

いやでも蓮と一緒なら、どこでも行きたいけど!!


「シフト見たらメール寄越せよ。あと、菜月も行きたいとこ考えといて」


二回目のデート。


今日は帰ったらネットで調べようっと。


あ、その前にデート用の服が有ったか見てみないとね。




デートに誘われただけでこんなに浮かれるなんて、私の人生で経験したことなかったんだけど。



それだけ蓮は、私の中でも《特別な人》になってしまっているんだね……。



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