音匣マリア
菜月から電話が来て、出来ることならすぐにでも迎えに行きたかったが、生憎今日は週末の給料日。


店は全席埋まってる状態。


いつもなら店番を山寺や若い奴らに任せているものの、さすがに今日はそれだと捌ききれない。


だから店を抜けるのは不可能だった。



菜月が無事に家に帰れたかどうか確認の電話ができたのが、あれから2時間後。


携帯から菜月の落ち着いた声を聞いた時には安心した。




しっかし、隣の奴らはどうにかなんねーかな。



あいつらが引っ越してきてから、それこそ毎日のように喧嘩をしてる。


ごくごくたまに、ヤってるような声もするんだけど、その後決まって必ず罵りあいが始まって…そして喧嘩、のループ。


菜月も言っていたが、男は女に暴力を振るってるらしい。


隣の奴らも夜の仕事でもしているのか、俺が昼間にマンションにいる時間とあいつらが部屋にいる時間とが重なっていて、最近はこれでかなりのストレスが溜まっていたりする。

女の方は、一昨日帰ってきた俺とは擦れ違うように隣のドアから出てきたとこを、一度だけだが見かけた。

キャバ嬢みたいな感じの女だと思った。適当に遊んでそうで、芯がしっかりしてなさそうな、そんな雰囲気。


近所迷惑ってもんを知らねぇのか、とムカついた俺はその女を無視して部屋に入ったけれども。



俺の方が引っ越そうかな。もう実家に戻っちまうか。





その日もまた、足取りも重く憂鬱な気分でマンションへと戻る。


菜月のいた形跡がある部屋。


回しっぱなしの洗濯機。作りかけの料理。


……忘れたiPod。


菜月、よっぽど慌てて帰ったのか。最初にかかってきた電話では、震えた声出してたからな。


それだけ怖かったんだよな……。



今は沈黙している隣の部屋に繋がる壁を睨む。



……次にやったらマジで警察呼んでやる。



痴話喧嘩か何か知らねーけど、ふざけてんじゃねぇよ!



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