それだけ ~先生が好き~
愛しい声だけを聞いて、顔は一度も見なかった。
ただ下ばかりを見て、耳を澄ませてた。
それだけなのに、涙がこぼれ落ちてきた。
誰にも気づかれないように、ジャージの袖で拭った。
みんながそれぞれの練習に入った。
萌の声でやっと気づいた。
「ゆき、練習しよ。前転からだって」
「・・・うん。今行く」
立ち上がる足に力が入らない。
よろよろと、今にも転びそうに歩く。
先生は跳び箱を飛んでる男子を見てた。
その後ろ姿を見つめる。
まっすぐ顔を見られないから、後ろ姿しか見つめられない。
本当はいっぱい話したいことがあったのに。
お母さんといっぱい話せたよ
朝ごはん一緒に食べたの
いってらっしゃいも言ってもらったよ
その言葉はまた心の奥底に沈んでいく。
これじゃ前の私みたい。
逆戻りだ。
全然進めてなんかないよ