産まれる。


「お散歩に行きましょうか」





ママはそう、ボクに囁いた。

とても穏やかで、でも少し悲しげで



外は寒いのかな?

ボクは小さく未熟な体を強張らせると、「まだ、寒いわね」とママは呟いた。



ママの歩く足音と、それと同時にボクの体も揺れていて

とても楽しくて

上機嫌だった。


今日のママは凄く良い香りがする。

ママの体を伝わってボクに届くその香りは

甘くて、美味しそうだと思ったくらいだ。



「香水なんて、何年ぶりにつけたかしら」



香水?

それは美味しいのかな。



いつもと違う雰囲気のママは、いつもと違う場所に向かっていた。


いつもなら、この時間

そう、10時からお仕事してるはずだから。



お休みかな、病院かな

お買い物かな・・・・とか


そうこう考えているうちに

ママはある場所にたどり着いた。






「山本 由里子・・・ここね」



ママのお友達の家かな。


ボクはママのお友達がどんな人なのか考えた。


ママみたいに優しい人なのかな。


それとも、意地悪な人だったら嫌だな、とか。



ピンポーン



聞き慣れない音に少し驚いたけれど

家のインターフォンの音に似ていた。



扉が強引に開く音と、「誰よ、アンタ」と低くハスキーな女性の声が聞こえてきた。


ボクは未熟な体を丸め、会話を聞かないようにした。



聞いちゃだめだと、なんとなく思ったから。




ママと女の人が言い争っている声と
テレビの砂嵐みたいな音にザザザーっと

ボクの小さな耳を支配した。







その時だ、




女性の悲鳴に似た叫び声と

何か大きなモノが倒れる音がした。

そのモノは人間の体が力尽きて倒れた音だと
ボクは理解した。



ママは、興奮していた。




ママは体を震わせて

そうして一気にママの体から血の気が引き

「やってしまった」と、言葉を漏らしていた。



同時にママは走り出すと、ボクは驚き

そして、悲しくなった。






ママ、どうしたの


喧嘩しちゃったの?



ごめんなさい したの?




ボクは重い体で走るママを


心配し、また



そんなママを



哀れに、思うのだった。










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