月陰伝(一)
結に見とれる家族達を見て、やっぱりかと溜め息をつく。
結は普段あまり着飾らないから、こう言う時に見ると、物凄い衝撃を受ける。
普段が綺麗じゃないと言う訳ではない。
いつだって結は綺麗だと思う。

ドレスだもんな…。

普段着では、スカートをはかない上に、動きやすさを追求するから、自然とシンプルなものになる。
だから、見栄えをただでさえ引き立てる服やドレスを着た場合、必要以上に人目を惹いてしまうのだ。

その上…あの顔はないよな…。

自然な微笑みを浮かべる結は、それだけで魅力的だ。
無表情、無感動と言ったら失礼かもしれないが、結は他人の前であまり感情が表に出ない。
だから、たまに不意に笑われたりすると、ドキっとしてしまう。
それが今は、常に笑顔発動中なのだ。
無邪気全開の笑顔ではなく、自然体の笑み。
自分でも信じられない程、トキメいてしまう。

まずいよなぁ…。

望みはないのだと分かっていても、あの微笑みが自分に向けられたら良いのにと思ってしまう。
その他大勢でもなく、ただ一人、自分にだけに向けられたら、きっと離したくなくなる。
今の佐紀がそうであるように、ピッタリと寄り添って、自分のものだと主張したい。

「サジェス様が言ってたのはやっぱり本当なんだろうな……」
「?何がですか?」

呟きが、隣を歩く雪仁に聞こえたようだ。

「去年かなぁ?
サジェス様って言うのは、佐紀さんの父上なんだけど、仕事で何処だったかの国のパーティーに、パートナー役として結を連れて行ったらしいんだ」

サジェス様は、見た目は三十代後半と、若く見える。
その上、赤い髪に金のラインがある黒い服。
あの派手な容姿で一人立たれても、人目を惹く。

「親父より若く見えて、生まれ持った気品?があるから、パーティーでは女性達が放っておかない。
すっげぇ人だよ…」

あんな父親を持ったら、気苦労が絶えないだろう。

「ただでさえ目立つサジェス様が、結を連れて行ったんだ。
会場中がパーティーどころじゃなくなったらしい」

仕方なく、サジェス様も早めに退散したようだが、問題はそのあとだ。

「終わってから、すぐに結に交際を申し込む連絡がひっきりなしにあって…。
それも、そのパーティーに参列してた貴族の息子や、皇子達だったらしいんだ」
「へぇぇ、でも分かるな…」
「だよな…」

前を佐紀と並んで歩く結は、さっきから、すれ違う人達の視線を集めまくっている。

「おねぇちゃん、王子様と結婚しなくて良かった。
やっぱり佐紀おにいさんとがお似合いだもん」
「うん?
佐紀も、本当なら皇太子だよ?」
「「「えっ?!」」」

そんなの俺も初耳なんすけど?!

「あれ?
刹那も知らなかったの?」
「知らないっ。
どう言う事だ?!」
「…結…」
「いいじゃん。
この際だしね。
さっき部屋で話したでしょ?
魔王は、今でも普通に暮らしてるって。
その魔王って言うのが、フィル様。
佐紀の父親なんだ。
今はもう、弟さんに位を明け渡して、隠居だって言ってるけどね。
何か、ふらっと立ち寄ったこの次元で、魔女のサミュー様に出会って、そのまま結婚しちゃったから、当時はすごい騒ぎだったって、マリュー様が言ってたよ?」

いや…そんなすごい事をさらっと暴露されても……。

「……魔王?…瀬能くんが皇太子…?」
「まさかの王子様…?」
「すげぇ、魔王って…っ」
「結……」
「大丈夫だよ、佐紀。
もしも、佐紀が王位に就く事になったら、ちゃんとついて行くよ」
「そうか…ありがとう、結」

どんな話だよ!


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