月陰伝(一)
「何?!。
氷山とか?!
っ沈んじゃうの?!」
「!っ佐紀っ」

パニックと言うか、若干楽しそうな美輝を刹那に押し付け、佐紀に呼び掛ける。

『っ……大丈夫だ。
だが、すまん…しばらく手を離せそうにない』
「無事ならいいよ。
怪我はない?」
『ああ、こちらは何とかする。
結も気を付けろよ。
何を仕掛けてくるかわからない』
「うん。
後で雷光を送る。
爆弾だけは何とかして」

時計を気にしている主催者達から目を離さず、佐紀にそう伝えた。

『わかった』

通信が切れると、先程から揺れが強くなっているのを感じた。
それは、刹那達も気付いたようだ。

「波が高くなってるみたいだな」

それで、佐紀がもう一つ気になる事を言っていたのを思い出した。
カーテンの引かれた窓から、そっと外を窺う。
打ち付けるような雨粒が目に飛び込んできた。
外は漆黒の闇だ。

「結?」
「外は凄い嵐になってる。
何かあっても、避難はできない…」
「なら、こいつらまさか、全員殺す気じゃぁ……」
「あり得ないとは言えない……」

仕掛けられた爆弾。
誰もいない操舵室。
乗組員の消えた船。
これだけでも、遭難させられる。
その上に嵐。
絶望的な状況だ。

「雷光」
《お呼びか?》

姿を現す事なく、影から声が聞こえる。
誰にも気付かれないように、その声に命じる。

「佐紀の所へ行って護衛を。
邪魔する者は、蹴散らしなさい」
《承知した》

気配が消えた事を確認し、再び壇上に視線を向ける。
すると、夏樹が呟いた。

「っあいつら、何を…」

恭しくかかげながら、一人の女性が持ってきたのは、黒い棒だ。

「あれって…?刀?」

美輝の言葉に、ヒヤリとした。

刀?
なぜそんな物を?

だが、それが刀であることを証明するように、銀に煌めく刀身が鞘から引き抜かれた。

なに?
この感じ…どこかで…?

そこで、月陰専用の通信具が着信を告げた。
壇上から目を離さず、通信具である指環に触れる。

「真紅です」
『っ繋がってよかったっスっ。
たった今、お姫さんのすぐ近くで、神族の魔具の反応があったんスよ』
「っ…まさかっ!?」

感覚を研ぎ澄ませる。
目に映ったのは、見たこともない魔術式。
間違いない。
組み込まれた術式には、魂の質を量るものや、粒子レベルまで分解するものがある。

「まずい…っ」
「結?」

どうする?
あれだけの高度な術式を解除するには、かなりの時間がかかる。

「っおねぇちゃんッ」

はっと再び壇上に視線を向けると、連れて来られた一人に、斬りかかる所だった。
止める間もなく、刺された男性が黒い粒子となって消えた。

「っ…今の…何…?」

誰も微動だにできなかった。

『この様に、今まさに神の神意が下り、彼は浄化されました』

そして一人、二人と消されていく。

狂っている。
薬でおかしくなっている人達は、さらに熱に浮かされたように高揚し、正気を保っていた人々は、後ずさる。

『では、次の方』

止めさせなくてはっ。

その時、勇気を出した一人の男性が、抗議の声を上げた。


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