月陰伝(一)
外は、酷い嵐だった。
これだけ大きい船が、確かに先程から縦に横にと揺れる。
台風並の暴風雨だ。
横殴りの風が、大粒の雨を叩きつけてくる。
外への出口の壁に張り付いて、その風に向かって声を上げた。

「風鸞っ」
《はい。
主様》

風の影響を受ける事なく、風鸞が嵐の中に姿を現した。

「この船を中心に、一帯を風の障壁で覆って。
暴風の影響がないように」
《承知いたしました》

すぐに風が凪いだ。
雨が風の影響を受けなくなったのを確認し、外の通路へと出る。
風を止めただけでは揺れは治まらないが、多少はましになった。
しかし、操舵の効かなくなったこの船は、今、ただ波に漂っているだけの状態だ。
既に遭難したと言ってもいい。
うねる波に、船は流されるしかない。

「龍泉」
《はぁいっ》

だが手は一つある。

「龍泉。
風鸞の影響下にある一帯の波を操ってほしい。
刹那」

後は、方向だけ。

「おう。
出港した港まで、先導すればいいんだな」

察しの良い刹那に微笑みながら答えた。

「うん。
頼むよ」
「わかった。
シャルっ」
《やっと呼んだわねっ》

シャルルは、腰に手をあて、いつも通り、勝ち気そうな目をして刹那の前に現れた。

《紅の姫。
ここは任せて》

「ありがと。
なら、頼んだよ」

会場の方が心配だ。



『きゃぁぁぁっ』
『危ないっ』
『逃げろっ』
『開けてぇっ!!』

会場に近付くにつれて、悲鳴や、怒鳴り声が聞こえてくる。
足を速め、辿り着いた入り口には、先程までいなかったドアマンが二人立っていた。

「お客様?
どちらにおられたのですか?」

顔を見合わせる男達。
二人は、こちらから目を離すことなく、小さく囁き合う。

「どう言う事だ?
外にいるのは、男一人のはずだろ?」
「知るかよ。
若い男二人は捕まえたと聞いたし、ガラの悪いおっさんが会場に戻ったのを見た。
残りの一人は、下で交戦中なんだろ?」

聞こえていないと思っているかもしれないが、私の耳にはバッチリ聞こえている。

会場を出る時、念のため不可視の術を掛けたのは正解だったみたい。
そうとなれば、どうするかだ。

「どうすんだ?
中に入れるか?」
「バカかっ。
扉を開けるなと言われているだろうがっ」
「お二人さん、提案なんだけど」
「っなっ何だ?」

突然話掛けられた二人は、驚いて客対応もできないようだ。
イレギュラーに対応できないとは、まだまだ経験が浅い。

「一、快く扉を開ける。
二、そこを退いて、大人しく端で座っている。
三、叩きのめされて気絶する。
どれが良い?」

とびきりの笑顔で提案してみたが、どうするだろうか。

「「っ……」」

うん。
やっぱし経験不足だね。
若い若い。

「仕方ない。
なら、一番簡単な三番で」
「「っえっ?!」」

そして、問答無用で叩き伏せた。


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