月陰伝(一)
結の方は、大丈夫だろうか…。

《サキュリア……もう少し真面目に相手を……》
「ん?なんだい?」

その時、足下にドスンっと言う震動を感じて、下を向く。

「?あれ?」

足下に、白目を剥いて転がっている男がいた。
他にも数人が、あちこちの床に倒れている。

いつの間に?

《…主も、半分寝惚けながらやるときがあるのだが…まさかお主もとは…》

それは……結には今度、しっかり注意しなくてはっ。
っではなく…。

「っぅおほんっ。
それで、これが最後なんだな?」

気を取り直して、そう、端で呆然としている男に問いかける。

「っはっはいっ」

そんなに怯えなくてもいいだろうに…。

彼は、一番最初に捕まえた男だ。
勇敢にこちらに挑んで来た時の表情は、完全に鳴りを潜め、今はただ素直に、仕掛けられた爆弾の位置を教え、案内してくれている。

俺としては、こう言う若者は、もう少し元気があった方が好ましく見えるのだが…。

できたら、刹那や陸くらいの気概を持っていてほしいものだ。

《あらかた片付いたようだ。
もう、気配は会場にしかない…。
?主と刹那坊が外に向かったようだぞ?》
「ならきっと、嵐と船をどうにかするんだろう。
炎上するのは止めたが、間に合わなかった所が、恐らく操舵の部分が含まれていた。
エンジンが生きていても、操舵が効かなければ意味がないからな」

風鸞に、風の抵抗をなくさせ、龍泉の力で波を操る。
刹那の力を使って、先導させれば、漂流して遭難と言う事態は避けられるだろう。

《風の…と水のが、召喚された。
主は、会場に戻る》
「久間さん達はどうなった?」
《中年の男は、会場で何やら戦闘中だ。
他の若い二人は、眠らされているようだな…会場にはいる》

戦闘中?
さっきからザワザワと落ち着かない波動を感じるのは、それだろうか…?

《…やはり嫌な波動だな…》
「ああ。
感じた事がない波動だ。
恐らく、源になっているのは、滅びを望む負の力…」

負の波動ではあるが、陰湿ではない。
むしろ純粋だ。
ただ滅びだけを望んでいる。
こんな波動があるとは……。

最後の爆弾を処理しながら、不意に思い出した瑞樹の言葉を口にする。

「『時に滅びがあるからこそ、再生がある』か…」
《何だ?
それは?》
「瑞樹の言葉だ。
やり直す事が容易ではないなら、いっそのこと全てを無にしたらどうかと言いたかったらしい。
極論だが、俺も、滅びが必要な時はあると思う」

滅びの後に、再生がある。
ならば、”滅び”とは、”負”だろうか。

「再生を望むからこそ、滅びを願うのではないかと思うんだ」

全てを白紙に戻す事で、滅ぶ前よりも、より良い何かが生まれる。
それを願っても良いのではないか…?

「…っそうだ…っ俺達は、今ある現状を打開したかったっ」

突然、それまで口をつぐみ、隅で縮こまるように立っていた男が呟いた。

「認められなかったんだ…。
母さんは、兄貴が死んでからおかしくなったっ。
俺のことさえ見えなくなってっ…。
”神威”は、もう大丈夫だと言ってくれたんだっ。
”神剣”の力で一度消える事で、歪んだ所をリセットできる。
昔の明るかった母さんを、取り戻してくれるって…」

そう、熱に浮かされたように呟くのだった。


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