月陰伝(一)
改めて状況を確認する。
簡単にいえば、あの刀に斬られると、人が何も残さず消えると言う事だ。

「っくっそッ。
死体がねぇんじゃ、どうしようもねぇな…っ」

これだから、月陰関係の仕事は面倒なんだ。

「邪魔をしないでいただこう。
今は、神性な儀式の最中なのだ」

そこで、刀を持った男が平然と答えた。

「なぁにが儀式だっ。
ただの人殺しだろっ」
「我ら”神威”の信念を知らないのか?
一度無に還す事によって、真っ白な状態で再生される。
歪みを正す為に、我らの持つ”神の力”によって、リセットするのだ」

ダメだこいつら…。

「っだっから、宗教組織はキライなんだよなぁ……」

そうぼやくのも仕方がないだろう。

「俺は警察だ。
悪いが、大人しく捕まってもらう」
「っな…警察だと…?」
「そうだ。
全部見させてもらった。
死体がないから、殺人容疑では無理かもしれんが、それ以外でも罪状は十分。
全員大人しくするんだな」

これで大人しく降伏するとも思えんが、言わないだけましだ。

「大体、お前らも乗ってるこの船に、爆弾を仕掛けるとはどう言う神経してんだ?
戦艦じゃねぇんだ。
あっと言う間に沈むぞ?」

今回は、機転の効くやつらが乗っていたからよかったものの。
操舵が効かなくなったこの船は、完全に遭難する運命にあった。

「だが、未だに爆発しないではないか。
それこそ、我らが選ばれた者の証」
「はぁ?
何言ってんだ?」
「我らに神の加護があるからこそ、未だにこの船は沈まぬのだ。
この儀式は、神が認められたと言う事」

……ダメだこいつら…。

《ああ言った輩には、何を言っても通じぬぞ?
姫がよく言う『言語の違う種族』だからな》
「……その様だな…」

さて、どう出る…。

「儀式の邪魔をする者は、何者であろうと許さん」

そう言って、男は刀を振り上げる。

「お前なぁ、その儀式とやらで使っているのを俺に向けたら、そのなんたら言う信念と矛盾しないか?
救う為と排除する為が、同義になってんぞ?」

降り下ろされた刀を避け、距離を取る。

「黙れっ。
邪魔者であるお前達をも、救ってやろうと言うのだ。
愚かな雑念を捨て、生まれ変わる事ができる。
感謝するが良いっ」

そしてまた振り上げる。

「会長っ。
お手をお貸ししますっ」
「私もっ。
どうかこの者に、再生の栄誉を」
「わたしもっ」
「っく……っ何しやがるっ」

三人、四人と、体に取り付いてくる。
体を固定され、刀を持った男と正面から向き合う形になった。

「っこのやろうっ、離せっ、お前らだってどうなるかわかんねぇんだぞっ」
「真に生きる価値があるものは、あれに触れても大丈夫なんだ。
試されるだけありがたい」
「そうだ。
俺の真価が分かる。
こんな素晴らしい事は他にないっ」

その言葉に、左右を見れば、刀を食い入るように、どこか恍惚とした目を向ける者達の顔があった。

「…そう言う事かよ…」

こいつらは、自分を認めてくれる物を求めているのだろう。
こんな、最初から賭けにもならんことを信じてしまうほど、自分に自信がないのだ。
目に見える形で、自分を認めてくれるものを求めずにはいられない。

「…バカが…」

そうして、刀が降り下ろされた。


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