月陰伝(一)
刃が触れる直後、その姿がかき消え、刀は、その男の後ろにいた五人の男達を消し去った。

《少し危なかったぞ?
無事か?》

その声は、背後で聞こえた。

「っビビるだろっ。
あ〜背広が台無しだ…」
《命が助かったのだ。
良しとするべきではないのか?》
「あのなっ。
助けるならもっと早くしろよっ」
《我にもするべき事があったのだ》
「あん?
んだよそれっ?」
《姫の望みを体現する事こそ、我らの使命。
人質にされていた者を助けねばならなかったのだ。
ついでにお主の部下も解放されるように頼んでおいた》
「っ…そりゃぁ…ありがとな…」

何なんだ?!
犬が喋っている?!

「…神…か…?」

そんなはずはない。

「…第一私は犬は嫌いだ…」
「?なに言ってんだ?
おい。
危ねぇから、いい加減その刀を離せ」

黒い犬と共に、一歩ずつ近付いてくる男は、まるで無防備だった。

一振りだ。
それだけで、この邪魔な男は消えるっ。

しかし、体が言う事をきかない。

どうしたんだ…?
腕が……上がらない…?

《悪い事は言わん。
その刀から手を離せ。
そろそろ、体に異変を感じているだろう》
「…?…何を…した…?」

足も、思うように動かない…。

《我ではない。
その刀だ。
確かに塵となった人々を、その力として吸収しておるようだが、扱う者からも生気を奪っておる。
じきに、その刀の道具と成り果てよう》

何を言っている…?

「っ…そんなはずはないっ。
私は、選ばれた人間だっ。
この神剣の主なのだっ」

私は選ばれたっ。
神に代わり、人々の真価を問う立場。
いわば”神官”だ。
その私が、神剣の道具だと?!
ありえないっ。
私こそが人類の代表なのだからっ。

「気味の悪い刀だ。
魔剣の間違いじゃねぇのか?」
《ふむ。
災いを呼ぶとなれば、主らには魔剣と言った方が正しいかもしれぬが。
あれは、正真正銘、神が創った刀だ。
うむ…刀であるのだから、神剣ではなく、神刀か?
まぁ、堕ちた神の産物だがな》
「っんだよそれっ」
《気にするでない。
剣であっても刀であっても、変わらぬ。
更に言えば、魔でも神でも、人の手に余る代物である事にも変わりはない》

訳がわからない。
何を言ってるんだこいつらは。

その時、声が響いた。

『魔と一緒にされるのは、いただけないわね』
「っ誰だ!?」
《……神族か…》
『こんばんは。
始めまして。
声だけでごめんなさいね。
今は、お見せできるような姿じゃないものだから』

その声に聞き覚えがあった。

「…姫巫女様…」
「はぁ?」
『うふふっ。
よく務めを果たしているようね。
わたくしの神官様』
「っ当然ですっ。
私は、貴女に選ばれた神官なのですからっ」

そうだ。
私は姫巫女に選ばれた存在。

『そう。
あなたは、”世界を正しく生まれ変わらせる”と言う使命を帯びた選ばれし者。
こんな所で、こんな者達のせいで立ち止まっていてはいけないわ』
「っはいっ……ですが…体が…」
『そうね。
でも大丈夫よ。
わたくしが力を貸しましょう。
でも、困ったわ…。
きっと、これでまたわたくしは、しばらく動けなくなる…。
だから、神官様?』
「何でしょうか。
貴女の為ならば、何だって…」
『ええ…。
ならば……そこにいる全員に、生まれ変わる栄誉を…』

手にしていた刀が、振動する。
刀身が淡く光を放つ。
体の奥から、何かが溢れてくるような気がする。

『さぁ、行きなさい』
「はい…っ」

そこで、ふつりと意識が途絶えた。


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