月陰伝(一)
「改めまして、本日は、結華様のご養子先の件につきましてお話ししたく参りました。
失礼とは思いましたが、先程漏れ聞こえてまいりましたお話、ご親戚の方へ籍を移されるとの事。
相違ございませんか?」
「…ええ…」
「でしたら、かねてよりわたくしの主人が、結華様を養女にと望んでおいででございますので、こちらで引き取らせていただきたいのです」
「…っ…何ですってっ?!」

睨みつけられても、どうにもならない。
我関せずを決めこんで、サリファに目を向けた。

「そちらが手放されるとおっしゃるならば、こちらとしては願ってもないこと。
わたくしどもにお任せくだされば、すぐにでも籍を移し、こちらとは以後関わらぬようにいたしましょう」

優しい口調とは裏腹に、目が笑っていない。
こんなサリファは見たことがない。

「っ待ってくださいっ。
そちらが何者かも分からないのに、いきなりそんな事を言われても理解できませんわっ」

なぜそこで怒るんだろう。
こっちこそ訳がわからない。
ついでのようにこちらを睨むのもやめてほしい。

「これは…失礼致しました。
わたくしの主人は、結華様の亡きお父上の親友であります。
瑞樹様は生前より、結華様を頼むと主人におっしゃっていらっしゃいました。
幼い頃より、結華様を主人と奥様は娘のように可愛がっておられましたので、瑞樹様亡き後も、後見人のおつもりで、結華様と関わってまいりました。
最愛の奥方様を亡くしてよりは、少し距離を置いて見守っておられましたが、いずれはこちらに話を通し、引き取らせていただこうと決めておられたのです。
失礼ながら、結華様とご家族の不和については存じておりましたので…」

まさか、マリュヒャが本当に養女にするつもりだとは思っていなかった。
私にとって、確かにマリュヒャは裏での後見人だ。
だが、家族になる事と後見人は違う。

「ご理解いただけましたら、こちらの書類にご署名をお願いいたします。
そちらにとっても悪い話ではないでしょう」

それは、役所に届ける書類と、誓約書。
私に関する権限を、全て委譲するといった内容だ。
いつの間に用意したのだろう。

「なお、結華様は学生でいらっしゃいます。
学校の方へは、通わせるとの主人の意向により、今まで通り”星花学園”には通う事になります。
それはご了承くださいませ」

今更、学校などいいのに…。

「結、今学校などと思っただろ…?
まったく、お前は自分の事となると途端にずさんになるな。
学校には来い。
それも、そのナリでな。
お前が居ないとつまらん」

一見感動的だが、実際は違うだろう…。

「学校の奴ら、どうゆう反応をするかな。
目立つだろうなぁ。
ガリ勉の根暗女が、実はこんなに美人だと知ったら、注目の的だなっ。
楽しみだっ」

コノヤロウ…っ。
完全に楽しんでやがる…っ。


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