月陰伝(一)
「ッ?!結華っ」
「っおねぇちゃんっ」

佐紀と美輝が駆けつけた。
佐紀は、すぐに傷を塞ごうと、術を展開する。
しかし、その手は間もなく凍り付いた。

「今の佐紀じゃ無理だよ…。
この傷は……っ治癒魔術でもかなり時間が必要になる……っ。
ただの傷じゃないからね…」

強力な消滅魔術が組み込まれていた為だろう。
先程から、自分でも治癒魔術を使っているが、一向に出血すら止める事ができない。
その上に、魔術の力をもかなり削られた。
風鸞と龍泉の力を持続させる為にも、これ以上力を使うことはできない。

「っ結華…っ…」
「…っ私は大丈夫。
意識も何とか保ってみせる…っ。
だから、あの男を捕まえてきて…」
「っ…あのやろぉッ、待ってろっ」

そう言って、与一は会場を飛び出して行った。

あの男…。

刀に操られていた男は、知らないうちに姿を消していた。
刀によって生気を吸収された為か、気配が希薄になりすぎていて、探す事ができない。
けれど、彼には死んでもらっては困るのだ。
罪を償ってもらわなくてはならない。
今、海にでも飛び込まれては困る。

「っ…精霊が…っ…呼び出せればいいんだけど…っ」

どんな微弱な気配でも察知できる精霊ならば、あの男をすぐに見つける事ができる。
だが今、黒狼も雷光も呼び出せるだけの力は残っていない。

「っ私が使えたらよかったのに…っ」
「美輝…」
「っだってそうでしょ?
同じ血を受け継いでるんだもんっ」
「美輝ちゃん…」
「……できるかもしれない…」
「っえ?」
「結華?」

不可能ではない…。

「…小さな精霊なら…っ…私の力と合わせれば、可能だと思う…っ。
でも……良いの…?
一度…力の道を作ってしまうと、閉じる事ができなくなる…っ」
「それって、おねぇちゃんと同じなんだよね?
なら平気っ。
私っできるよっ」

固く膝の上で手を握って、真っ直ぐに見つめてくる。
その瞳には、不安なものはなにも映っていなかった。

「…っ…分かった…手を…」

そうして手を取る。

「後に続いて唱えて…」
「うんっ」
「…『我、古の血の契約により…』」
「〔我、古の血の契約により…〕」

美輝が同じ様に唱える。

「『…その門を開き、誓約を交わす者』」
「〔その門を開き、誓約を交わす者っ〕」

次第に力が集まり、美輝が光に包まれる。
それは、光の帯に変わり、美輝を取り巻く。
そして、最後の一文が完成する。

「〔汝、我が声を聞き届け、ここに顕現せよっ〕」

光の帯が宙に、光の玉を作り出す。
一度玉となったものは、ゆっくりと皮を剥くように剥がれ、中から小さな動物の姿をした精霊が現れた。
そっと差し出した美輝の手に収まると、光が消え、可愛い顔を見せて鳴いた。

《きゅるるぅぅ》

小さな狐に似た精霊は、薄い青の毛に、銀の瞳。
毛先は濃い青になっている。

「律の白拓に似ている…」

佐紀が呟く言葉に、笑みがこぼれた。

「美輝…っ…この子はお前の意思を読む…っ。
願って…っそれで大丈夫…っ」
「っわかったっ。
必ず捕まえてみせるからっ…だから待っててねっおねぇちゃん…っ」

止まらない血を見て、泣きそうになりながら、美輝が立ち上がった。

「大丈夫…っ。
それに……大きな気が近付いてきてる…っ。
この気は…っ…」

この温かくて大きな気は、良く知っている。

「っマリュー様…っ。
っ……美輝ちゃん、行こう。
早く済ませてしまおう」
「っはいっ。
おねぇちゃん、行ってきますっ」

戦場に赴くような気合いの入った言葉に、苦笑しながら答えた。

「行ってらっしゃい…」


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