月陰伝(一)
走り出した足は、少し震えていた。
前を走っていく小さな精霊を見失わないように、船の中を走る。
唇を固く結んで、涙が出そうになるのを必死で堪えていれば、肩をポンと叩かれた。
「大丈夫だよ、美輝ちゃん」
横からかけられた優しい声に顔を向ける。
「結華は、かなり強いと言うか…根性があると言うか…昔、もっと酷い怪我をしても、戦場で最後まで立って戦っていた…。
結華が本当にダメな時は、あんな風に笑って送り出したりしないよ」
「ふふっ…おねぇちゃんなら、捨て身でも真っ先に走って行きそうですもんね」
「よくわかったね。
結華が本当にダメだと思う時は、一人で最前線に突っ走しるよ。
だから大丈夫だ。
マリュー様も来られるようだしね」
「…それって…おねぇちゃんのお父さん…」
複雑な気持ちだった。
佐紀さんや、おねぇちゃんの口振りから、きっとその人はおねぇちゃんの怪我をも、どうにかしてくれるのだろう。
その人は、娘として、家族として、おねぇちゃんを愛している。
だが、その人はおねぇちゃんを私達から奪っていく。
だから、あまり良いイメージを持てないが、佐紀さんもおねぇちゃんもその人を慕っている。
もう、お母さんとも仲直りができたのだから、いっそ白紙に戻して私達の所へ帰ってきても良いとも思う。
お母さんが、書類にサインをするとき、正常じゃなかったのだと証明できれば、きっと取り戻せるだろう。
私のおねぇちゃんなのだから。
「美輝ちゃん、見つけたみたいだ」
その声に、そんな思考を停止し、前を見据える。
船の尖端に向かって、ヨロヨロと走る男を見つけた。
「待ちなさいっ」
おねぇちゃんを刺した男…っ。
許せないっ。
そう思った瞬間、精霊がバチバチと毛を逆立て、青白い光を発しながら、男に弾丸の様にぶつかって行った。
「っうぎゃぁぁ」
もんどおり打って倒れた男は、それでもズルズルと甲板を這いずっていく。
その時、与一さんも到着した。
「待ちやがれっ」
取り押さえられた男は、どこにそんな力があるのか、与一さんを引きずりながらも進もうとする。
しかし、それは長く続かなかった。
《グワァァァっ》
いきなり雷雲が吹き飛ばされ、星空が広がった。
しかしそこには、影の様に巨大な龍の姿があった。
《グワァァァっ》
「っひっ…かっ…っ神がっ…っ」
それだけ言って、男は、泡を吹きながら気絶した。
「…っ…な…に…?」
こんなの見たことない…っ。
「っなっなんだ?!」
その声は、夏樹くんの声だ。
振り向くと、雪仁さんとお父さんも、目を大きく見開いて、口をポカンと開けたまま、空の巨大な龍を見上げていた。
「マリュー様っ。
結華が怪我をッ」
その龍に向かって叫んだ佐紀さんを、呆然と見つめる。
いま……なんて…?
佐紀さんの声に呼応するように、龍の体が光に包まれる。
その体はゆっくりと縮み、人の形を取って、甲板に降りてきた。
集束した光が消えると、そこには、男の人が立っていた。
…かっこいい…。
四十代後半くらいの男性だ。
青い色に見える長い髪を、後ろで一つに束ねている。
背が高く、キリっとした目を向け、隙のなさを思わせる。
濃紺の長いローブが、何処か異国の王の様だ。
「風鸞、龍泉、もうよい」
《はい》
《はぁ〜い》
龍だった素敵なおじ様は、響きの良い声で、おねぇちゃんの精霊達に帰るように言った。
「サキュリア、結華の所へ」
「っはいっ、こちらです」
佐紀さんに連れられ、そのおじ様は、私達に目も向けず、通り過ぎていった。
前を走っていく小さな精霊を見失わないように、船の中を走る。
唇を固く結んで、涙が出そうになるのを必死で堪えていれば、肩をポンと叩かれた。
「大丈夫だよ、美輝ちゃん」
横からかけられた優しい声に顔を向ける。
「結華は、かなり強いと言うか…根性があると言うか…昔、もっと酷い怪我をしても、戦場で最後まで立って戦っていた…。
結華が本当にダメな時は、あんな風に笑って送り出したりしないよ」
「ふふっ…おねぇちゃんなら、捨て身でも真っ先に走って行きそうですもんね」
「よくわかったね。
結華が本当にダメだと思う時は、一人で最前線に突っ走しるよ。
だから大丈夫だ。
マリュー様も来られるようだしね」
「…それって…おねぇちゃんのお父さん…」
複雑な気持ちだった。
佐紀さんや、おねぇちゃんの口振りから、きっとその人はおねぇちゃんの怪我をも、どうにかしてくれるのだろう。
その人は、娘として、家族として、おねぇちゃんを愛している。
だが、その人はおねぇちゃんを私達から奪っていく。
だから、あまり良いイメージを持てないが、佐紀さんもおねぇちゃんもその人を慕っている。
もう、お母さんとも仲直りができたのだから、いっそ白紙に戻して私達の所へ帰ってきても良いとも思う。
お母さんが、書類にサインをするとき、正常じゃなかったのだと証明できれば、きっと取り戻せるだろう。
私のおねぇちゃんなのだから。
「美輝ちゃん、見つけたみたいだ」
その声に、そんな思考を停止し、前を見据える。
船の尖端に向かって、ヨロヨロと走る男を見つけた。
「待ちなさいっ」
おねぇちゃんを刺した男…っ。
許せないっ。
そう思った瞬間、精霊がバチバチと毛を逆立て、青白い光を発しながら、男に弾丸の様にぶつかって行った。
「っうぎゃぁぁ」
もんどおり打って倒れた男は、それでもズルズルと甲板を這いずっていく。
その時、与一さんも到着した。
「待ちやがれっ」
取り押さえられた男は、どこにそんな力があるのか、与一さんを引きずりながらも進もうとする。
しかし、それは長く続かなかった。
《グワァァァっ》
いきなり雷雲が吹き飛ばされ、星空が広がった。
しかしそこには、影の様に巨大な龍の姿があった。
《グワァァァっ》
「っひっ…かっ…っ神がっ…っ」
それだけ言って、男は、泡を吹きながら気絶した。
「…っ…な…に…?」
こんなの見たことない…っ。
「っなっなんだ?!」
その声は、夏樹くんの声だ。
振り向くと、雪仁さんとお父さんも、目を大きく見開いて、口をポカンと開けたまま、空の巨大な龍を見上げていた。
「マリュー様っ。
結華が怪我をッ」
その龍に向かって叫んだ佐紀さんを、呆然と見つめる。
いま……なんて…?
佐紀さんの声に呼応するように、龍の体が光に包まれる。
その体はゆっくりと縮み、人の形を取って、甲板に降りてきた。
集束した光が消えると、そこには、男の人が立っていた。
…かっこいい…。
四十代後半くらいの男性だ。
青い色に見える長い髪を、後ろで一つに束ねている。
背が高く、キリっとした目を向け、隙のなさを思わせる。
濃紺の長いローブが、何処か異国の王の様だ。
「風鸞、龍泉、もうよい」
《はい》
《はぁ〜い》
龍だった素敵なおじ様は、響きの良い声で、おねぇちゃんの精霊達に帰るように言った。
「サキュリア、結華の所へ」
「っはいっ、こちらです」
佐紀さんに連れられ、そのおじ様は、私達に目も向けず、通り過ぎていった。