月陰伝(一)
「結姉…本当に大丈夫なのかなぁ…?」

夏樹君の呟きに、押し隠していた不安がまた大きくなっていく。

「大丈夫だよ…。
だって…あのおじ様……」

大丈夫だと言った美輝も、不安でたまらないと言う様に最後は口を噤んだ。
その時、深夜だと言うのに、呼び鈴が鳴った。

「?こんな時間に誰でしょう…?」

コーヒーを淹れていた雪仁君が、玄関へと向かった。
それから、話し声が幾つか聞こえ、暫くすると一人の青年を伴って雪仁君が戻ってきた。

「雪仁…どなただい?」

それまで晴海君の様子を見ていた明人さんが戻ってきて顔を覗かせながら訊ねた。

「黒狼さんです」
「え?」
「黒狼って…あの?
…おねぇちゃんの精霊?」
《そうだ。
人型では初めてだったな。
荷物があったので、この方が都合が良かったのだ》

全身黒い服。
バイクが似合いそうな今時な若者スタイル。
口調と見た目にかなり差があるようだ。

「それで…わざわざいらした理由は…?」
《ふむ。
姫の容態も気になっているだろう。
先に、もう心配はいらないとお伝えしておこう。
ただ、マリュー殿の様子からすると、当分外出は許されんだろう。
そなた達に面会が叶うのは、来週末だと思っていた方が良い》

来週末……。

そう思うと、それまでの不安な気持ちが寂しさに変わった。

「それで黒狼さん?
何を持ってきたんです?」

明人さんが訊ねた。

《瑞樹からの預かり物だ》
「!っ瑞樹…さ…んっ…」

その名前に、胸がざわめいた。

《遺品として、姫が保管していた物だ。
和解が叶ったなら渡すつもりであった。
頃合いだろうとの事だ》

そう言って差し出されたのは、黒い漆の上品な文箱だった。
微かに震える手で受け取ると、突然ポンっと弾む音と共に、青年が黒い犬に変わった。

「っ…???」
《やはり人型は疲れるな…》

その呟きは犬の口から発せられた。

「っ〜っ…触っていい?」

そう言って美輝が飛び付くのを呆然と見てしまった。
それに便乗するように、雪仁君と夏樹君が手を伸ばす。

《う…うむ…そなたらは…好きにするといい…。
…?開けてみてはどうだ?》
「えっあっ…はい…」

そっとテーブルに置き、蓋を開けた。
目に入ったのは、『妃さんへ』と書かれた手紙。
一目で瑞樹さんの筆跡だと分かる。
それに囚われていると、明人さんが覗き込んで首を傾げた。

「っ…僕宛の手紙があるんだけど…」
「え…?」

そこには、確かに『神城明人様」と書かれたものがあった。


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