月陰伝(一)
煉に腹を立てていれば、妹の美輝が、こちらを凝視しているのに気が付いた。
眉を寄せ、目を合わせれば、驚いたようにそっぽを向く。
そして、首を傾げてまだ何事かを話合っているサリファと母を見れば、また視線を感じる。
気にしてそちらを向けば、またそらされる。

「っくくっ…」

煉夜がそれを見てニヤニヤと笑った。

「何?煉…?」
「いやぁ〜これかなと」
「何が?」

訳が分からん。
何が楽しいんだか…。
相変わらず人が悪い。

「だから、お前のその姿を見た学校の奴らの反応だよ。
多分、大半はこうなる」

うん?
このだるまさん状態?

「なぁ、愚妹よ。
結華は美人だろ。
今までが信じられないだろ?」

その言葉に、美輝は首をガンガン縦に振った。

どこの首振り人形だ。
と言うか『愚妹』と言ってやるなよっ。

そんな事は気にしない美輝は、それから遠慮なくこちらを見るようになった。

「っくっフッっ…っあんなに頬を赤らめて見とれている…っ。
マジで面白いなっ。
おい、笑ってやれ、お前の笑顔を見たら、きっと気絶するぞ」
「するかっ。
どんな兵器だッ」
「なんだ知らんのか?
お前の笑顔をみれたら、寿命が延びると、昔から評判だぞ」

何だっ、その馬鹿げた都市伝説みたいな話はっ。
そう言われる程、私には愛想がないのか!?

そんな話をしていれば、悪意のこもった視線が突き刺さった。
どうやら、交渉が終わったらしい。

「それでは、失礼致します。
さぁ、結華様。
お荷物をお運び致しましょう。
下に車を待たせております」
「わかりました」
「っよっしっ、そんじゃ私は学校に行くかな。
お前は今日はゆっくりしろ。
学校が終わったら遊びに行く。
いいだろ?サリファ」
「ええ、旦那様にもお伝えいたします。
お待ちしておりますね」

そんなほのぼのとした空気の中、玄関へと向かう。
しかし、靴を履き、玄関を出ようとしたところで、母の呪いの様な声が耳に届いた。

「…っあんたが幸せになるなんて許せない…っ。
どこのロリコン親父か知らないけど、せいぜい可愛がってもらうのねっ」
「ッ貴様っっ」

煉夜が怒鳴るのを、どこか他人事のように感じた。
怒りで血の気が引いていく。
それに呼応するように、精霊が反応した。
突如として、部屋に風が渦巻き、コンロに炎が吹き上がる。
水道の蛇口が吹っ飛び、家鳴りのようにキシキシと壁が音を立てた。

「お嬢様ッ」
「っ結ッッ」

必死の制止の声も、遠くで聞こえる。

「何???
何なのぉ!?」
「嫌ぁぁッ!!」

頭を押さえてしゃがみこむ美輝を庇うように母が膝をついて抱き込む。

「っマリュー様をっ…よくもっ…っ!」

許さないっ!!
あの人を侮辱するなんてッッ!

「ッッ絶対に許さないっ!!」

しかし、そう叫んだ直後、周りの音が突然帰ってきた。

「止めろ、結華っ」

その声がすんなりと耳に入ってくるのを感じた。


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