月陰伝(一)
明人さんが『神城明人様』と書かれた手紙を手に取ると、更に下から新たに手紙が出てきた。

「あれ?
美輝ちゃんの手紙もあるみたいだよ?」
「私の?」

そこには確かに、『美輝へ』と書かれた手紙があった。

「美輝ちゃんのは分かるけど、なんで僕宛てが?
亡くなったのはかなり前だよね…?」
《姫に聞いていなかったか…。
瑞樹は先見の能力があったのだ》
「先見ってあれですか?
未来を予言するとか?」
《そうだ》

にわかには信じられなかった。
そんな素振りを見た事も聞いた事もない。

《そう強くはない能力だったのだ。
年に一度あるかないか…。
それも突然、夢で見る形で…。
ただ、こういった力は、死に近付くと強くなる事が多い。
亡くなる半年程前か……毎日のように見えて気持ちが悪いと溢していたらしい…その時に見たのであろう》

明人さんがまじまじと手紙を見つめる。
そして思い切って封を開けた。
皆が見守る中、一気に読み切った明人さんは、最後に重い溜め息をついた。

「あ…明人さん…?」

次に、ソファーに身を沈めるように座り込んだ明人さんは、両手で顔を覆った。
その悲壮感漂う様子に、誰も声を掛けられずにいれば、突然、黒狼さんが笑いながら言った。

《瑞樹の事だ。
『妻をやるのは本意ではないが仕方がない』『泣かせたら呪ってやる』『妻は私のものだ』などと遠回しに嫌味ったらしく書いてあるのだろう》
「…何で分かるんだい…?」

つ瑞樹さん…っ。

感動するのも仕方がない。

ちゃんと想ってくれてたのね…っ。

《瑞樹はそう言う歪んだ性格だったのだ。
まぁ、性格が破綻したのは月陰に保護されてからのようだがな》

それを聞いた美輝も、覚悟を決めたように封を切った。

「………」

真剣な表情で読み進める美輝を、固唾を飲んで見守る。

「っ…ふぅ……」
「美輝…?」
「うっうんっ。
大丈夫だよっ。
私の方に嫌みはないからっ…」

そう言いながらも複雑な表情をする美輝に、皆の視線が集中する。

「はぁっ…何かお見通しって感じ…。
ねぇ、黒狼さん。
お父さんとおねぇちゃんって、実は仲悪かったの?」
《ふむ…瑞樹は素直ではなかったからな。
誤解はあった。
姫は、好かれていたとは感じておるまい》
「えっ?」

だってあんなに毎日構って…。

《瑞樹は、姫限定で不器用でな。
我をマリュー殿の使い魔だと思い込んで、よく相談されたものだ…》
「…どう言う事です…?
私には、結華を…結華だけを愛する父親に見えたわ…」

美輝が生まれても、結華にしか構わなかった。
出掛けるのは、いつも結華と二人だった。

《恐らくその答えは、その手紙にある。
読むと良い》

手に持ったままの手紙に目を向ける。
そして覚悟を決めた。
そこには、流麗と言える美しい文字が並んでいた。
その文字を見ただけで、細く長い指や、優雅にさえ見えた瑞樹の動作が思い出された。


―――――――――――――――
妃さんへ

この手紙を読んでいる時、結華は傍に居ないと思う。
この手紙を渡せた事であの子は、厄介払いが出来たと思っているかもしれない。

結華と僕の事を、妃さんが誤解している事は知っていた。
はたから見れば、娘を溺愛する父に見えたはずだから。

でも、本当は愛する事より、不安で一杯だった。
もう知っていると思うけど、僕には、精霊使いの血が流れている。
ほんの少しだけれど、僕の力は僕にとって良いものではなかった。
だから、その力を継いでしまった結華も、力のせいで苦労する…そう思ったら、不安だった。

何より、人とは違う力の為に、妃さんに迷惑を掛けると思った。
だから、結華が生まれてすぐ、妃さんから離すことにした…。


< 131 / 149 >

この作品をシェア

pagetop