月陰伝(一)
振り返る事なく遠退いていく結華を、引き留められない自分が情けなかった。
思えば、いつもあの子の背中を見ている。
もう、どうしても手に入らないもの。
「…妃さん。
先ずは手を合わせよう。
結華ちゃんとは、また後で会えるから。
じっくり話せば誤解も解けるよ」
明人さんには、何もかも分かっている。
私のもどかしさも、一歩を踏み出せない弱さも…。
「…ええ…」
改めて墓石の前に立つと、全てはここで終わり、ここから始まるのだと感じた。
瑞樹さんとの数年は、本当に幸せで、これ以上ないと思える程の想いに溢れた日々だった。
それが、あっと言う間に壊れた時、私の中の時間が狂い始めた。
「…お父さんって、本当はどんな人だったんだろう…」
「どうって?」
美輝の呟きに、雪仁君が問いかける。
「だってね、おねぇちゃんが言うには、腹黒天然だったって。
でもこの前、佐紀さんにこっそり聞いたんだけど、とっても臆病で、優しい人だったって…。
手紙を読んで感じたのは、律儀な人だなって思ったけど…。
お母さんは?
お父さんはどんな人だった?」
そう聞かれて、目を閉じた。
目蓋にの裏に見えた姿を、ありのままに伝える。
「そうね…初めて会った時、女の人だと思ったくらい綺麗で…笑顔が素敵な人だったわ…。
でも、ニコニコ優しく見えて、そのまま毒を吐くの。
デートに出掛けると、必ず瑞樹さんを目当てにナンパしてくる人達がいたわね…笑いながら返り討ちにしてたけど…」
「…更に分かんなくなったかも…」
「ふふっ、そうね…多分、結華が普段からもう少し表情を柔らかくしたら、そっくりじゃないかしら?
見た目も性格も…」
「……何か俺…分かったかも…」
「うん…見えたかも…」
良い例えだったらしく、どうやら全員がイメージできたようだった。
「でも…臆病な所は、私と似てる…。
他人との距離が測りづらいのよね…。
私も瑞樹さんも、親との距離が分からなかったから…だから、結華と一緒に居たくても居られない…。
バカよね…娘なのに…」
瑞樹さんの手紙にあったのは、私への想いと、結華への想い。
そして、私と同じ叶わなかった願い。
「瑞樹さん、約束するわ。
結華からもう、何があっても目を離したりしない。
一緒に居られなくても、あの子は私の娘だもの。
関わる事から逃げたりしない。
逃がしたりしないわ。
だって、あの子が想ってくれなくても、想い続けるのが親だもの」
片想いで良い。
親なんてそんなもの…。
「ようやく理解したようだな」
「「「っ!!」」」
突然降って湧いたように現れたその声の主は、ゆったりとこちらに歩み寄ってきた。
声を出す事が出来なくなっていた私に代わって口を開いたのは、晴海くんだった。
「っあなたは…先日は、ありがとうございました」
先日…?
「あの薬は効いたようだな」
「はい」
「?…晴海くん…?
いつご挨拶したの…?」
この人は船の時、結華を連れてすぐに消えてしまったはずだ。
話す余裕などなかった。
「先日、出掛けに会ったのです。
祥子さんの話を聞きにいらして…。
それで、薬を頂きました」
確かに一昨日くらいに、いきなり顔色が良くなった。
青い顔で、それでも会社に行こうとする晴海君を引き留められずに、悩んでいれば、その日帰ってきた晴海君は、すっかり元の顔色に戻っていたのだ。
「名乗るのが遅れたな。
私はマリュヒャ・リデ・ファリア。
結華の今の父親だ」
「っ…はい…。
申し遅れました…妃です」
こんな風に顔を合わせる事になるなんて…。
思えば、いつもあの子の背中を見ている。
もう、どうしても手に入らないもの。
「…妃さん。
先ずは手を合わせよう。
結華ちゃんとは、また後で会えるから。
じっくり話せば誤解も解けるよ」
明人さんには、何もかも分かっている。
私のもどかしさも、一歩を踏み出せない弱さも…。
「…ええ…」
改めて墓石の前に立つと、全てはここで終わり、ここから始まるのだと感じた。
瑞樹さんとの数年は、本当に幸せで、これ以上ないと思える程の想いに溢れた日々だった。
それが、あっと言う間に壊れた時、私の中の時間が狂い始めた。
「…お父さんって、本当はどんな人だったんだろう…」
「どうって?」
美輝の呟きに、雪仁君が問いかける。
「だってね、おねぇちゃんが言うには、腹黒天然だったって。
でもこの前、佐紀さんにこっそり聞いたんだけど、とっても臆病で、優しい人だったって…。
手紙を読んで感じたのは、律儀な人だなって思ったけど…。
お母さんは?
お父さんはどんな人だった?」
そう聞かれて、目を閉じた。
目蓋にの裏に見えた姿を、ありのままに伝える。
「そうね…初めて会った時、女の人だと思ったくらい綺麗で…笑顔が素敵な人だったわ…。
でも、ニコニコ優しく見えて、そのまま毒を吐くの。
デートに出掛けると、必ず瑞樹さんを目当てにナンパしてくる人達がいたわね…笑いながら返り討ちにしてたけど…」
「…更に分かんなくなったかも…」
「ふふっ、そうね…多分、結華が普段からもう少し表情を柔らかくしたら、そっくりじゃないかしら?
見た目も性格も…」
「……何か俺…分かったかも…」
「うん…見えたかも…」
良い例えだったらしく、どうやら全員がイメージできたようだった。
「でも…臆病な所は、私と似てる…。
他人との距離が測りづらいのよね…。
私も瑞樹さんも、親との距離が分からなかったから…だから、結華と一緒に居たくても居られない…。
バカよね…娘なのに…」
瑞樹さんの手紙にあったのは、私への想いと、結華への想い。
そして、私と同じ叶わなかった願い。
「瑞樹さん、約束するわ。
結華からもう、何があっても目を離したりしない。
一緒に居られなくても、あの子は私の娘だもの。
関わる事から逃げたりしない。
逃がしたりしないわ。
だって、あの子が想ってくれなくても、想い続けるのが親だもの」
片想いで良い。
親なんてそんなもの…。
「ようやく理解したようだな」
「「「っ!!」」」
突然降って湧いたように現れたその声の主は、ゆったりとこちらに歩み寄ってきた。
声を出す事が出来なくなっていた私に代わって口を開いたのは、晴海くんだった。
「っあなたは…先日は、ありがとうございました」
先日…?
「あの薬は効いたようだな」
「はい」
「?…晴海くん…?
いつご挨拶したの…?」
この人は船の時、結華を連れてすぐに消えてしまったはずだ。
話す余裕などなかった。
「先日、出掛けに会ったのです。
祥子さんの話を聞きにいらして…。
それで、薬を頂きました」
確かに一昨日くらいに、いきなり顔色が良くなった。
青い顔で、それでも会社に行こうとする晴海君を引き留められずに、悩んでいれば、その日帰ってきた晴海君は、すっかり元の顔色に戻っていたのだ。
「名乗るのが遅れたな。
私はマリュヒャ・リデ・ファリア。
結華の今の父親だ」
「っ…はい…。
申し遅れました…妃です」
こんな風に顔を合わせる事になるなんて…。