月陰伝(一)
瑞樹さんの墓石の前に立ったファリアさんは、そのまま語りだした。

「瑞樹は柔軟に見えて頑固者で、素直に自分の気持ちを受け入れられる程、大人でもなかった。
結華を愛したいと言う想いと、一族の血を憎む想い…そして、妻を愛していても、もう愛されないのだと言う悩み…。
様々に矛盾した想いが、瑞樹を弱らせていった…。
思えば瑞樹には、能力者として持つべき強固な精神がなかった。
いつも飄々としていたから気付かなかったと言うのもあるが…。
そんな事で想い悩むとは思わなかったのだ」

知っていると思った。
気付いたのは、すれ違う様になる少し前だったけれど、確かに瑞樹さんには、内に隠した弱さがあった。

「良く分からないのですが…。
能力者とは、それほど精神状態が命に関わるものなのですか?」

晴海くんが、首をひねりながら問う。

「そうだ。
能力とは、魂の資質。
それに耐えうる肉体が不可欠。
その魂と肉体を繋ぎあわせているのが、精神だ。
故に、精神が不安定になれば、生命を維持できなくなる」
「っ…じゃぁ、おねぇちゃんは!?」

そうだ。
結華も能力者なのだから、その危険性はある。

「結華は問題ない」
「え?」

あっさりと断定した理由を問いただそうと息を吸い込んだ時、また新たな声が聞こえてきた。

「精神力で言うなら、結は強いと言うより、鈍い…ですよね、マリュヒャ様」
「あっ煉夜様っ」

美輝の声につられて目を向ければ、そこには御影さんが立っていた。

「…煉夜か…どうした…」
「何です、その迷惑そうな顔は…。
まぁ、予想通りでしょうけど…本部に至急、お戻りください。
お持ちの物は、私が結華に渡しておきます」
「…わかった…。
だが、その前に…受けとれ」

そう言って目の前に差し出されたのは、二つの小さな木箱。

「これは…?」
「そなたと…妹にだ。
瑞樹が渡せずにいた物でな。
結華も、同じ物を持っているはずだ」

おずおずと受け取ると、用は済んだとばかりに、御影さんの方へと向かっていく。
脇に控えていたお付きの人と共に、迷わず出口へと進む。

「後は頼む」
「はい」

そう言ってファリアさんは、御影さんに何かを渡した。
受け取った御影さんは、ニヤリと笑って言った。

「心配なさらずとも、結華と一緒に遊んできますよ」
「………」

一瞬固まったように見えたファリアさんは、それでもすぐに気を取り直したように元の歩調で帰っていった。

「煉夜様、あのおじ様と仲悪いんですか?」
「ん?
あぁ…仲が悪いと言うより、嫉妬だな。
誰よりも結華と共にいたいと言う欲求の為に起こる当然の結果だ」

なるほどと思うのと同時に、そこまで結華の事を想っているのかと言うある種の衝撃を受けた。

「煉?
……今、マリュー様が居なかった?」
「レンねぇさま?」

そこに、結華と律くんが戻ってきた。

「居たぞ。
お前と、妹らに渡す物があったらしくてな。
だが私が、これから会議だってんで、ジジイに呼びに来させられたんだ。
先程、渋々帰られた」
「…そう…時間が出来たなら、このあと一緒にと思ったんだけど…」

残念そうな結華の声に、また落ち込んでしまう。
そしてふと、手にある木箱に目を向けた。

いったい何が入っているんだろう。

「開けてみないのか?」

御影さんに言われて、一つを美輝に渡し、手元に残った木箱をそっと開けた。

「ロケット…?」

美輝が呟いた。

「それは、ただのロケットではないぞ」

その言葉に首を傾げながら、百円サイズのロケットを手に取った。
蓋を開けると、そこには、瑞樹さんの笑顔があった。

「っ……これ…っ」


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