月陰伝(一)
「ねぇさま?」
その声に現実に引き戻される。
ただすれ違っていただけだったのだと、父の本当の想いを知った今、閉ざされていた世界が見えた気がした。
そして、心配そうに見上げてくる律を、やっと謎が解けたと言う思いで抱き締めた。
その魂の輝きを確かめるように…。
「うん…ようやく分かったよ…」
そして、小さく『お帰り』と呟いた。
小さな頭を撫でながら体を離すと、律が不思議そうに見上げてくる。
「?ねぇさま?」
「うん…何でもないよ。
ちょっとね…」
今ならはっきりとわかる。
あの頃よりも強いけれど、確かな輝きと魄動が同じなのだと…。
「やっぱりそうなのか?」
煉の問い掛けに、苦笑ぎみに頷く。
きっと煉は気付いていた。
「うん…閻羅王に、『お前には貸しがある』って言われた事があったんだけど…まさかこれとはね…」
律と初めて会った時に感じた違和感は、これだったのかと思うと、苦笑いしか出てこない。
「結華ちゃん?
今の感じからすると…律君がもしかして…?」
「っ…結華…?」
明人さんと母が察した事を肯定するように笑ってみせた。
「え???
もしかして律君がっ…もがもが…」
「口にせんでいい。
むしろ忘れろ」
煉が、美輝の口を押さえながら言った。
「仕向けたのは煉でしょ?」
「まぁそうだがな。
すまんな。
こう言うのは、はっきりさせたい性分なんだ。
…マリュヒャ様は知ってたのか?」
「かもね…けど、マリュー様にとっては、そんな事どうでも良かったんだと思う」
父は父。
律は律。
私もそれで良いと思う。
何も残さず、真っ白になったなら尚更。
「うん…やっぱり、手は合わせらんないな。
もう帰って来てるんだから」
「ははっ確かに。
まぁ、普通じゃ有り得ん早さだからな。
こればっかりは、良かったんだか悪かったんだか…」
うん…たまに思い出す為には良いかもしれないけれど…。
確かにここに皆が、父に向けた想いがあるのだから…。
「思い出した…私の本当の名前…」
「ん?」
「名に込めた力っていうのかな…?
瑞樹の『瑞』は『水』。
『水』の精霊の加護を受ける。
当主だった曾祖母は、緋澄…『緋』は『火』で、『火』の精霊の加護を受けてた…」
名の中に元素である字を当てる事が、真紅の血を引く直系の慣例だった。
「結華…『華』は『火』か?
確か、『火』は代々当主が冠していたとジジィが言っていた気がするんだが…?」
「うん…『火』は、真紅一族にとって、特別なものだったから…」
その名に『紅』をつけたように、『火』を継いでいる。
『火』の精霊は、初代が契約した、もっとも強大な力を持つ精霊。
「真紅一族の歴代の当主は、初代が契約した『火』の精霊と契約する事が義務づけられてた…。
だから、次期当主には、『火』を当てるんだ」
父がどう言うつもりだったのかは分からない。
ちゃんと意味を理解していたかどうかも怪しい。
「まぁ、私の名前は、それとは別に、『火』を当てる事で、違う意味を込めたみたいだけど…」
まだ幼かった時に、寝物語のように一度だけ話してくれたのだ。
「結火…どれ程の暗闇の中にあっても、『火』となって導き、闇に迷う者を結び付ける者であって欲しい…」
身勝手な願いだと思う。
結ぶどころか、引き裂いてしまった娘だと言うのに…。
それでも、どこまでも優しい声で、その時私に伝えたのだ。
「心配するな。
お前は、その名に込められた通りの『火』になれている」
「?……」
「気付いていないのか?
お前の周りには、人が集う。
お前を頼る者が大勢いる。
まるでその『火』…『光』に引き寄せられるようじゃないか」
そう言って晴れやかに笑う煉夜に、どういった反応を返せば良いんだろう。
けど…。
「そうだと良いな…。
父さんの願いが、少しでも体現出来たら良い…」
たった一つ残った、父が私に向けた想い。
それが叶ったらきっと、また新たな気持ちで、父を想う事ができるかもしれない…。
その声に現実に引き戻される。
ただすれ違っていただけだったのだと、父の本当の想いを知った今、閉ざされていた世界が見えた気がした。
そして、心配そうに見上げてくる律を、やっと謎が解けたと言う思いで抱き締めた。
その魂の輝きを確かめるように…。
「うん…ようやく分かったよ…」
そして、小さく『お帰り』と呟いた。
小さな頭を撫でながら体を離すと、律が不思議そうに見上げてくる。
「?ねぇさま?」
「うん…何でもないよ。
ちょっとね…」
今ならはっきりとわかる。
あの頃よりも強いけれど、確かな輝きと魄動が同じなのだと…。
「やっぱりそうなのか?」
煉の問い掛けに、苦笑ぎみに頷く。
きっと煉は気付いていた。
「うん…閻羅王に、『お前には貸しがある』って言われた事があったんだけど…まさかこれとはね…」
律と初めて会った時に感じた違和感は、これだったのかと思うと、苦笑いしか出てこない。
「結華ちゃん?
今の感じからすると…律君がもしかして…?」
「っ…結華…?」
明人さんと母が察した事を肯定するように笑ってみせた。
「え???
もしかして律君がっ…もがもが…」
「口にせんでいい。
むしろ忘れろ」
煉が、美輝の口を押さえながら言った。
「仕向けたのは煉でしょ?」
「まぁそうだがな。
すまんな。
こう言うのは、はっきりさせたい性分なんだ。
…マリュヒャ様は知ってたのか?」
「かもね…けど、マリュー様にとっては、そんな事どうでも良かったんだと思う」
父は父。
律は律。
私もそれで良いと思う。
何も残さず、真っ白になったなら尚更。
「うん…やっぱり、手は合わせらんないな。
もう帰って来てるんだから」
「ははっ確かに。
まぁ、普通じゃ有り得ん早さだからな。
こればっかりは、良かったんだか悪かったんだか…」
うん…たまに思い出す為には良いかもしれないけれど…。
確かにここに皆が、父に向けた想いがあるのだから…。
「思い出した…私の本当の名前…」
「ん?」
「名に込めた力っていうのかな…?
瑞樹の『瑞』は『水』。
『水』の精霊の加護を受ける。
当主だった曾祖母は、緋澄…『緋』は『火』で、『火』の精霊の加護を受けてた…」
名の中に元素である字を当てる事が、真紅の血を引く直系の慣例だった。
「結華…『華』は『火』か?
確か、『火』は代々当主が冠していたとジジィが言っていた気がするんだが…?」
「うん…『火』は、真紅一族にとって、特別なものだったから…」
その名に『紅』をつけたように、『火』を継いでいる。
『火』の精霊は、初代が契約した、もっとも強大な力を持つ精霊。
「真紅一族の歴代の当主は、初代が契約した『火』の精霊と契約する事が義務づけられてた…。
だから、次期当主には、『火』を当てるんだ」
父がどう言うつもりだったのかは分からない。
ちゃんと意味を理解していたかどうかも怪しい。
「まぁ、私の名前は、それとは別に、『火』を当てる事で、違う意味を込めたみたいだけど…」
まだ幼かった時に、寝物語のように一度だけ話してくれたのだ。
「結火…どれ程の暗闇の中にあっても、『火』となって導き、闇に迷う者を結び付ける者であって欲しい…」
身勝手な願いだと思う。
結ぶどころか、引き裂いてしまった娘だと言うのに…。
それでも、どこまでも優しい声で、その時私に伝えたのだ。
「心配するな。
お前は、その名に込められた通りの『火』になれている」
「?……」
「気付いていないのか?
お前の周りには、人が集う。
お前を頼る者が大勢いる。
まるでその『火』…『光』に引き寄せられるようじゃないか」
そう言って晴れやかに笑う煉夜に、どういった反応を返せば良いんだろう。
けど…。
「そうだと良いな…。
父さんの願いが、少しでも体現出来たら良い…」
たった一つ残った、父が私に向けた想い。
それが叶ったらきっと、また新たな気持ちで、父を想う事ができるかもしれない…。